逆転に次ぐ逆転と「△6六銀」の謎 -『将棋電王戦』第三局で見えたコンピュータと人間、それぞれの弱点 (1) 第三局 船江恒平五段 VS ツツカナ

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若き天才が”戦いの理想形”を見せた第一局。コンピュータの弱点を見切ったかのような戦いは「パーフェクト」の呼び声も高く、人間にとって順風満帆の船出だったといえよう。しかし、続く第二局、序盤で有利と言われながらも激戦にもつれこみ、最後は人間が「体力の消耗」と「時間切迫」というふたつの壁の前に力尽きた。これは戦前に危惧されていた負け方であり、以降の戦いに不安を残すこととなった。そして迎えた4月6日の「第2回将棋電王戦」第三局――五番勝負の鍵となる天王山の一戦に臨むのは、プロ棋士代表5人の中でも、もっとも勝利を期待される「エース」の呼び声高い男である。

「第2回将棋電王戦」は、日本将棋連盟に所属する現役プロ棋士5人と、第22回世界コンピュータ将棋選手権で上位に入った5つのソフトが、5対5の団体戦形式で戦う。持ち時間は各4時間、対局は3月23日〜4月20日まで毎週土曜日に一局ずつ行われ、結果3勝した方が勝者。第三局は船江恒平五段 VS ツツカナである。

第三局でプロ棋士の中堅を務めるのは、船江恒平五段。

船江五段は今年26歳になる若手プロだが、棋戦(ノンタイトルの公式戦)での優勝経験もある、将来を期待される逸材。そして、プロ棋士側代表5人の中でもキーマンといっていいだろう。コンピュータ戦という異質の戦いでは、柔軟性や気力・体力に勝る若手実力者が最適と思われるからだ。将棋界の関係者間の前評判でも、まず確実に1勝を期待できるのは船江五段であると噂されていた。それだけに万が一敗れればプロ棋士側のダメージは大きく、後に続く棋士に掛かる重圧も大きくなる。船江五段は絶対に負けられない戦いに臨むのだ。

対するコンピュータ側中堅は「ツツカナ」。開発者は一丸貴則氏。

ツツカナは2012年コンピュータ将棋選手権3位のソフト。「人間のような手を指す」ことを意識して開発されたソフトであるという。開発者の一丸氏は「将棋の実力はペーパー初段です」というように研究者タイプである。勝負にあたっては「プロ側に十分な実力を発揮してほしい」という思いで、船江五段にサンプルソフトを提供、しかもそれは本番で使うソフトに限りなく近い最新バージョンであり、一丸氏はその理由について「船江五段の戦いに臨む真摯な姿勢を見て感銘したため」と話している。

ちなみに、サンプルソフトを提供された船江五段はそのお礼として、自身の公式戦の棋譜(対局内容の記録)を一丸氏に提供。戦う相手を互いに尊敬しあう、とても爽やかな両者による第三局の火蓋が切って落とされた。

「一般的な作戦(定跡)は全て研究されている気がしたので、いろいろ考えた末に定跡外の珍しい作戦を選びました」と語った一丸氏。第二局では、開発者が定跡を外れやすい手をプログラムしておいて、その後の指し手をコンピュータに任せることにより、結果的に早い段階で定跡を外れることになったが、一丸氏はさらに確実に定跡を外れるようプログラムしていたのである。

もはや序盤早々に定跡を外すことは、コンピュータ側の常套手段になってきたと言える。コンピュータ将棋は序盤の構想力では人間に劣るため、定跡をデータとしてインプットして人間に対抗するというのが常識と思われていたが、どうやらその認識は改める必要があるだろう。ただし、コンピュータ将棋がプロに対して、定跡を利用せずに互角以上に戦えるところまできているというほど、コンピュータ将棋の関係者が自信を持っているとも言い切ることはできない。

コンピュータが定跡を外す理由は、一丸氏が語るように「定跡の戦いになるとプロ側の研究が怖い」ということなのだ。定跡について、第二局のレポートで「プロの序盤知識を体系化してまとめたもの」と説明したが、実は現代のプロの研究範囲は序盤に留まらず中終盤にまで及んでいる。勝ち負けがはっきりするところまで深く研究されている定跡でプロと戦うのは、コンピュータ将棋にとってリスクが高く、それなら多少不利になっても勝ち負けがはっきりするほど深くは研究されていない定跡外の戦いのほうがいい、というのが現実的な選択なのだろう。

しかし、現実的な対応で定跡を外したツツカナに対して、船江五段は実に巧みな序盤戦術をみせる。……続きを読む