『ゆゆ式』5巻(三上小又/芳文社)
4.26発売予定

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ゆずこ「なんで、生き物は死ぬんすかね?」
縁・唯「えっ」
ゆずこ「……」
縁・唯「……」
ゆずこ「カツサンドおいしー」
唯「あっ、やめた」

ゆずこ「いやー、あまりにもキョトンとされたから、取れ高ないかなと思って…」
唯「まあ話しやすいテーマじゃないな…」
縁「でもホントに、死ぬってどーゆー事なのかなー?」
ゆずこ・縁・唯「……」
ゆずこ「この話、ないね」
唯「ないな」
縁「カツサンドおいしーい?」

まもなく第5巻が発売になる三上小又『ゆゆ式』の1ページから、台詞だけを抜き出してみた(第2巻29P。読みやすくするため句読点を補いました。以下同)。絵が入っていないけど、未読の人にも雰囲気だけは伝わるんじゃないかと思う。
『ゆゆ式』は、こんな風に野々原ゆずこ(頭はいいのに言動はバカ。唯のおっぱい触りたい)、日向縁(家はお金持ちで天然。唯にべたべたしたい)、櫟井唯(ツン成分多め。おっぱい触られたくない)の3人の日常会話を拾っていく作品だ。ゆずこ、ゆかり、ゆい、と3人ともゆで始まる名前で、同学年の同じクラス、情報処理部という同じクラブに入っていて、いつもいっしょである。
作中の説明によると情報処理部とは「昔は就職活動をサポートするための主にパソコンを用いた研修を目的とする部活動だったが今では部長(縁)の気まぐれテーマをネットで調べるだけの部になってしまいました」とのこと。「情報処理部まんが」ではないのだけど、一応その部活動が主となる回もある。といっても1つの単語をネットサーチしているだけの絵なのだけど。ちなみに、最初に調べた言葉は「太陽」だった。

唯「17世紀頃に黒点がなくなった時期があってスゴク寒かったって。マウンダー極小期」
ゆずこ「必殺技みたいだね。マウンダーごくしょうき!!(美白効果+寒くて死ぬ)」

この言葉遊びが作品の1つの柱になっていることは確かだ。ゲシュタルト崩壊で意味が失われた瞬間に何でもない言葉がやたらとおかしく感じられることがあったでしょう。ああいう感覚だとか。それと、ノリだけで言葉をまわしていくうちに、最初の「お題」がとんでもなく成長してしまったときの感じとか。3人の中ではゆずこがボケ、唯がツッコミの担当なのだが、いつもネタふりが成立するわけではなく、唯にすかされてゆずこが出した手を引っ込められなくなるときもある。その巻き戻しを待っているような空気も笑いを呼ぶことがある。要するに全部。高校の教室や友達の部屋、ファーストフード店のテーブルとかで起きていそうな、生活に関することの全部が『ゆゆ式』の守備範囲である。

このまんがの素敵なところはいくつも挙げられるが、いちばんはなんといっても「いっしょ」と「ひとり」の心理の書き分けを、リズムよく行っていることだと思う。上に書いたように『ゆゆ式』は、同じ「ゆ」で始まる名前を持つ3人のお話だ。それぞれキャラクターとしての役割は担っているものの、絶対ではなく、ゆずこの「バカ」も、縁の「天然」も、唯の「ツンデレ」も関係なくなる瞬間が作中には存在する。
それは3人がべつべつなのではなく、1人の「ゆ」として溶け合った状態だ。3人が1人で、1人が3人で落ち着ける世界。しかし、そんな幸せな時間はいつまでもは続かない。すぐに「ゆ」の空間は壊れて、「ひとり」を意識してしまうからだ。

さっきまでそこで騒いでいた友達が帰ってしまい、部屋が静かになった夕方。
1人で続けていた「ボケ」が終了してしまい、普通の会話に戻れなくなったとき。
気分が悪くなって保健室で休んだ後、目覚めた放課後。

そんなときに感じる「ひとり」とそれ以前の「いっしょ」の落差が、この作品に奥行きを与えているのだ。加えて言えば、情報処理部の顧問・松本頼子先生(通称お母さん)の存在も大きい。彼女は「ゆ」の世界に参加することもあるが、年長者として3人の知らないことを見てきた人物でもあるからだ。「お母さん」の存在によって、世界には時間的な広がりも生まれている。彼女は年長者だが、ゆずこたちがこれから迎えるであろう「未来」について何も発言しない。「現在」を充実して生きられるよう見守ることに徹する存在なのだ。まさに「お母さん」である。

『ゆゆ式』を読んでいると、充実した今がいつまでも続いてほしいと願いたくなる。

ゆずこ「ミリ秒、千分の一秒。マイクロ秒、ミリの千分の一秒。更にナノ秒、ピコ秒…」
縁「…うん…」
唯「……。…」
ゆずこ「今…、何ピコ秒経ったの?」
唯「うわっ! こわ!」
縁「凄い、過ぎてく!」
縁「わーー、なんかコワイ!」
ゆずこ「やめて!!」

そんな風に(第4巻82P)時間が経つのがもったいなく感じるようになる『ゆゆ式』が、ついにTVアニメになりました。第一回の放映を見逃した人も、次回からはお忘れなく。これからの地域のみなさん、楽しみですね。この原稿を書いている時点では私も未見なのだが、原作のあの「ゆ」な雰囲気を見事に移し変えてくれているものと信じている。浸りますよ、私も。
(杉江松恋)