大学を卒業してからボクシングを始め、ボクシング経験が実質1年足らずでプロデビュー、その3年後に世界チャンピオンになったのが渡辺二郎だ。渡辺は、評論家やファンの中で“最高”のボクサーとして常に名前が挙がる。

 大学時代、日本拳法部で全日本3位の実績を残し、卒業後にプロ入り。デビューから7連続KOで頭角を現わし、初挑戦の世界戦こそ判定で逃すが、1982年のラファエル・ペドロサ戦でWBAスーパーフライ級王者となった。具志堅用高相手に善戦したこともある技巧派のペドロサに対し、全てのラウンドをフルマークで取る完璧な勝利は、“渡辺時代”の到来を予感させた。

「打ってよし、離れてよしのパーフェクトボクサー」と渡辺を絶賛する『カーン博士の肖像』(ベースボール・マガジン社刊)の著者でノンフィクションライターの山本茂氏が、そのハートの強さに驚嘆したエピソードを明かしてくれた。

「韓国での防衛戦で、ホテルの上階で深夜に工事をされたり、真冬の控え室で暖房を切られたり、散々嫌がらせを受けた。それでも渡辺は『きっちりKOしてきますわ』と報道陣に一言残すと颯爽とリングに上がり、本当にKOしてしまった」

 このタイトルを6度防衛し、WBC王者との統一戦でも勝利を収めた渡辺は、事実上の王座統一を果たす。WBAタイトルは剥奪されたものの、WBCタイトルも4度防衛し、通算で10度の防衛に成功した。

 しかし、これだけの名チャンピオンでありながら、引退後は暴力団との関係が取り沙汰され、度々逮捕されるなど、その末路はファンを失望させた。

●渡辺二郎/1953年3月16日生まれ。大阪府大阪市出身。1978年プロデビュー。28戦26勝(18KO)2敗。

※週刊ポスト2013年4月19日号