中国の大気汚染が日本でも話題になっています。特に状況が深刻な北京で約9年間、屋外ランニングを続けた人間として、実体験を紹介したいと思います。

日本はいまスギ花粉の舞う季節ですが、今年は多くの人が中国方面から飛来する黄砂(こうさ)、そして汚染物質「PM2.5」を警戒しているのではないでしょうか。

ぼくは昨年春まで北京で暮らしていましたが、現在の大気汚染は当時よりも悪化しているようです。現地にいる日本人からは「喘息(ぜんそく)になった」「まともに外を歩けない」といった嘆きも聞こえてきます。

北京の大気汚染は今に始まった問題ではありません。考えてみれば、ぼくはその場所で約9年間ほぼ毎日、ライフワークであるランニングを続けてきたわけですから、肺は真っ黒になっているかもしれません。もちろん後悔などしていません。北京はぼくにとって世界への扉を開いてくれた“青春”を過ごした土地であり、自らの判断ですべてを受け入れ、走っていたにすぎません。

現地の住民に「趣味はなんですか?」と聞かれ、ランニングだと答えるたびに、「あり得ない!」と驚かれ、引かれました。北京の知り合いにランニング愛好者は何人もいますが、ほとんどが屋内ジムのトレッドミルを使ったジョギング程度。理由は、「大気汚染による健康被害を懸念している」というものでした。1回に10km以上走るぼくは屋内ランには耐えられず、野外で走らなければランナーとして納得できないので、彼らの忠告にも構うことなく街を全力で駆け抜けていました。

ただ思い返してみれば、呼吸はいつも苦しかった。中高時代は長距離選手としてバリバリ走っていたのに、北京に行ったばかりの頃は驚くほど息がすぐ上がってしまうので、「ぼくの心肺機能はこんなに低下してしまったのか……」と、落ち込むこともしばしばでした。

一方で“ご褒美(ほうび)”もありました。例えば出張先の広州では、北京より空気がきれいなので楽に走れましたし、日本に帰国したときは、平坦な道であっても下り坂で追い風を受けているがごとく、軽やかに走ることができました。

話が飛躍しますが、中国の大気汚染は国際社会にとっても深刻な環境リスクになっています。

中国の国会にあたる先頃の全人代が閉幕した後の記者会見で、李克強(り・こくきょう)首相は「環境保護基準を強め、立ち遅れた産業は淘汰(とうた)する」と述べましたが、ドラスティックな対策が取られ、成果を挙げる可能性は低いといわざるを得ません。中国は自称“発展途上国”で、「経済成長の最中に排ガスなどによる大気汚染被害が広まってしまうのは、ある意味でやむを得ない」というロジックを免罪符にしているからです。

こうした構図は、少し前にニュースになった米中間のサイバー攻撃問題でも同じです。名指し同然で非難したアメリカに対し、中国は知らぬ存ぜぬを押し通しました。

今の世の中、サイバー空間でのインテリジェンス戦はあって当然ですが、アメリカは中国への牽制(けんせい)材料として、これを国際問題にしたかった。ところが中国は、「中国こそがサイバー攻撃の対象になっている」という面を強調し、「互いに根拠のない非難は避け、現実的な行動に時間を費やすべきだ」と、議論の焦点を戦略的にすり替えました。大国としての責任を求める国際社会と、“途上国”を掲げる中国との認識・主張の乖離(かいり)は今後も続くでしょう。

気になるのは、昨今の国際政治における“被害者ぶる”ことの流行です。中国のみならず、どの国も何か問題が起こると他国のせいにし、自らは被害者として振る舞い、責任を逃れようとする。

大国を含め各国のガバナンス力が低下し、国益が民意に迎合する構造が表面化しています。外交は内政の延長。内が不安定になれば外へ強硬に出るようになる。これが国際システムの悪循環を意味しないというなら、その理由を逆に教えて!!

今週のひと言


大気汚染が深刻な北京でランニングを


すると、現地の人にも引かれます!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)


日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学ケネディスクールフェロー。新天地で米中関係を研究しながら武者修行中。本連載をもとに書き下ろしを加えて再構成した最新刊『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)が大好評発売中!