首都・ニューデリーほか多発する集団強姦事件で、すっかり「治安の悪い国」とのイメージが先行しているインド。インド商工会議所連合会の調べでは、昨年12月からの3か月間で外国人観光客を前年と比べて35%も減らしてしまったという。

 だが、たとえ観光需要を取りこぼしても、旺盛な内需に支えられた経済発展は揺るぎなく、高成長路線はしばらく続きそうな勢いである。

「高インフレや世界的な景気悪化の煽りを受けて、さすがに2000年代初めに続けていた2ケタの経済成長率は望めないが、これまで規制し続けてきた外資の進出条件を次々と緩和するなど企業誘致に積極的。このまま8%以上の成長率を持続すれば、いずれ中国に代わって“世界の工場”になる可能性は高い」(大手シンクタンク調査員)

 12億人の人口のうち半数が24歳以下、そして2020年には15歳〜65歳の生産年齢人口の増加率が中国の約5倍になる――との数字を見ただけでも、いかにインドが労働力も含めて世界中の企業にとって“垂涎の的”なのかが分かるはず。

 日本企業もそんな有望市場を放っておくはずがない。1983年からインドで生産を開始し、105万台以上の車を売るスズキ。また、工場拡張で生産能力を倍増させると発表したばかりホンダなど、特に自動車メーカーのインド進出が盛んなのは、そうした経済成長に伴ってインド人の所得水準が上がり、さらなる新車販売台数の急増が見込まれているからだ。

 では、インド人のサイフはどのくらい膨れ上がっているのか。BRICs経済研究所代表の門倉貴史氏が解説する。

「すでにニューデリーやムンバイといった都市部を中心に、年収20万ルピー以上の中間所得層が12%を超え、1995年から比べると4倍以上に跳ね上がっています。日本円に換算すると38万円程度ですが、インドは物価水準も低いので実質的な購買力は非常に高い。日本のシチズンやセイコー製の腕時計も、インドでは中産階級以上の国民に飛ぶように売れるのです」

 消費大国に転がるビジネスチャンスに期待が高まる一方、急激に芽生えた貧富の差や労働力格差が治安の悪さを誘発している面もある。

「インド工科大学(IIT)やインド経営大学(IIM)など世界的にも名の知れた超難関校を出て、次々と有名企業を渡り歩くようなエリートはほんの一握り。それ以外の工場ワーカーや職人たちも、プライドが高く権利意識の強いため、賃金の格差がすぐにストライキや暴動のきっかけをつくってしまうのです」(インド進出している日系電機メーカー幹部)

 昨年7月に死者まで出したスズキの現地子会社、マルチ・スズキ内での暴動は記憶に新しい。労務管理の難しさをインド進出の障害に挙げる企業は多い。

「インド人の8割を占めるヒンズー教徒にはカーストという身分制度があるので、階級によっては雑用を拒んだり、事務所の電気すら『私の仕事じゃない』と消さないで帰ったりする人もいる。賃金体系を変えるときは必ず個々の従業員を納得させる説明をしないと、必ず労働争議に発展します。そのため、人事担当者にシーク教徒の人をつけて怒らせないようにする日系企業もあると聞きます」(前出・門倉氏)

 労務面以外で問題になっているのは、企業活動が満足にできないほどインフラ整備が遅れていること。門倉氏が続ける。

「ニューデリーなど多くの工場やオフィスが建ち並ぶ都市部では、深刻な電力不足に悩まされています。度重なる停電で自家発電に頼る企業が多く、生産計画が狂うこともしばしば。また、幹線道路の整備が遅れて各地で交通渋滞が起きています。IT企業のメッカである南部のバンガロールも例外ではありません。さらに、放牧している牛が道路をふさいで渋滞が発生するなんてこともあります」

 こうした数々の“インドリスク”を理解してなお、不安要素がつきまとう。それが政治リスクだ。

「インドは来年春までに総選挙が予定されています。もし、2004年に誕生したマンモハン・シン首相が敗れて、最大野党のインド人民党が政権を握るなんてことになれば、経済情勢も一気に変わります。インド人民党はより民族意識が強いので、せっかく規制緩和した外国企業に対する風当たりが再び厳しくなることも考えられます」(門倉氏)

 インドに進出する日系企業の数は1000社に迫る。海外事業はリスクがつきものとはいえ、治安対策も含めてどこまで儲けの代償を払う覚悟があるのかが、いま問われている。