最低賃金よりも高い「月給$130」を掲げて人集めをする工場。プノンペン近郊ではワーカーの争奪戦が始まっている=プノンペン市内で【撮影/木村文】

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朝日新聞のマニラ支局長などを経て2009年に単身カンボジアに移住、現地のフリーペーパー編集長を務めた木村文記者が、カンボジアの賃上げについてレポートします。

首相の指示?

 絵に描いたような「鶴の一声」だった。

 3月21日、もめにもめたカンボジアの縫製業・製靴業労働者の最低賃金引上げが発表された。月額61ドルから80ドルへ。すでに支給が決まっていた「健康手当」月額5ドルを差し引けば、14ドルのベースアップだ。

 地元紙によると、カンボジア社会問題・退役軍人・青少年更正省の公式説明は、こうだ。

「最低賃金は月額で61ドルから73ドルに引き上げられ、さらに健康手当として月5ドルを加算し、月額78ドルとすることで素案が固まった。そこへフン・セン首相の直接の指示で2ドルが加わり、月額80ドルとなった」。

 直接の指示? 素案の78ドルが80ドルになった理由は、首相が「もう一声、きりのいいところで!」といったから? 明確な裏付けのない「2ドル」の上乗せには、こんなことで基本給が上がってしまうのか、と驚いた。

 最低賃金の引き上げをめぐっては、カンボジア各地の工場で大規模なストライキが頻発しており、政府や経営者団体、労働組合の間で協議が続いていた。与党系の労組は政府提案を受け入れる構えだが、月額100ドル以上へのベアを求めていた労組の一部は「不満」としており、火種は今もくすぶる。

 月額80ドルの最低賃金が高いかといえば、周辺国と比べてまだ安価だ。カンボジアの人々の労働環境が整っているかといえば、衛生面や安全面で大きな問題を抱える。最低賃金の引き上げは労働者にとっては目先の暮らしをわずかでも楽にする。とはいえ、首相の鶴の一声で額が決まるこの引き上げプロセスには、「不信感が募る」という声が外国企業の中には上がっている。

 カンボジアの縫製業・製靴業セクターには、約40万人の労働者が従事している。内戦終結の経済復興を支え、今も輸出額の大半を占める縫製・製靴業は、カンボジア製造業の最大セクターだ。したがってカンボジアの最低賃金は、縫製・製靴業の労働者賃金が基準となっており、他のセクターでも同様の引き上げが適用される仕組みになっている。

 その最低賃金は2000年に45ドルだったが、07年には50ドル、10年には61ドルと上昇した。カンボジア政府は10年の最低賃金引き上げの際、「14年までは最低賃金の引き上げはしない」としていたが、今回、政府はストライキの多発を抑えきれず、この約束は反故にされたことになる。

 ストは首都プノンペンだけでなく、全国に広がっていた。2月中旬には、ベトナム国境ノスバイリエン州バベット地区の工業団地で、2万人規模のストライキが発生。操業が停止し、治安が不安定になるなど、進出した日系企業にも深刻な影響が出た。また、コンポンスプー州の製靴工場でも、最低賃金の引き上げや労働環境の改善を求めるストライキが発生し、国道3号線が約1時間封鎖される事態を引き起こした。

 もっともフン・セン首相が介入に乗り出したのは、スト拡大の懸念というよりも、選挙向けのパフォーマンスとの見方が強い。

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