メイドさんは「架空の生き物」なのです。(コスプレイヤー=みるる 撮影=宮嶋)

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■なぜ10年で半分以上が閉店するのか

秋葉原がテレビや雑誌で紹介されるとき、必ずと言っていいほど登場するのが「メイド」と呼ばれる女の子たちです。今や秋葉原の象徴とも思えるメイドさんたちが活動しているのは、主にメイドカフェと呼ばれる店舗です。秋葉原にメイドカフェが誕生したのは2001年で、その頃の私はメイドカフェ巡りが大好きでした。メイドカフェでは1杯500円以上が相場のコーヒーを注文すると「お砂糖とミルクはいかがですか?」とメイドさんに尋ねられるのですが、砂糖かミルクをお願いするとメイドさんが甲斐甲斐しくスプーンでコーヒーをかき混ぜてくれます。私はブラックで飲むので、何も入れずにコーヒーをかき混ぜてもらうようメイドさんにお願いするのが密かな楽しみでした。

日本全国のメイドカフェをくまなく訪問した人が作成したデータベースによると、2011年末の時点で132店のメイド系店舗やサービスが秋葉原にあります。これまで秋葉原で開店したメイド系店舗はのべ282店舗で、そのうち150店舗が閉店しました。メイドカフェが秋葉原に出現してから約10年の間に、開店した店舗の半分以上が閉店していることになります。メイドカフェはそう簡単に儲かるビジネスではないようです。なぜならメイドカフェは普通の喫茶店とは全く違った費用構造を有しているからです。

メイドカフェにも、食材などの仕入れの費用があり、その他家賃や光熱費などもあるのですが、普通の喫茶店と違うのは人件費の割合です。メイドカフェでは、メイドさんは重要な経営資源であるため、ある程度の人数のメイドさんを常時揃えておかなければなりません。そのため、どうしても人件費が大きくなり、普通の喫茶店のような経営では利益率が低くなるどころか赤字必至です。人件費の負担に耐え切れず、メイドさんへの給料不払いが続く店舗は、「そろそろ閉店かな」と噂が広まったりします。

■今、「萌え」空間が直面している問題

人件費の負担を克服するために、メイドカフェは10年間の歴史の中でいろいろな工夫を試みてきました。客の回転率を上げるために時間制限を設けたり、注文金額の下限を設けたり、チャージ料を設定するなどのルールがそれぞれの店舗で生まれました。また、客単価を上げようとオリジナルグッズやオプショナルサービスなど飲食以外の商品を提供する工夫もあります。このような試行錯誤の中で、経営的になりたつような体系化されたシステムを創り出した店舗は生き残り、店舗数を増やしても安定したサービスを提供しています。そして利益率を上げ成長するための一番大切な鍵は、メイドさんにいかに特別な付加価値を生み出してもらうかということです。その特別な付加価値とは、「萌え」です。

メイドカフェといえば、「萌え」という言葉を思い出す人も多いかと思います。2005年のユーキャン流行語大賞ベスト10に「萌え〜」という言葉が入選し、秋葉原のメイドカフェが受賞しました。ところが、「萌え」という言葉を知っていても、「萌え」とはなにかを説明するのはなかなか難しい。定義づけを試みる人たちもいますが、それらの定義にもちょっと物足りなさを感じます。「萌え」は体感しないと理解できない感性だからです。あえて例えるなら現代版「もののあはれ」でしょうか。日常とは少し離れた世界に触れたとき、なんとなく心地よさやあこがれのようなものを愛おしく感じる瞬間があります。そんな「もののあはれ」という独特の感性を、私たち日本人は昔から引き継いてきたのです。それが「萌え」です。

日本では普通、自宅にメイドはいません。ましてや可愛い女の子のメイドが「お帰りなさいませ、ご主人様!」と帰宅時に迎えてくれるなんて途方もなく非現実的です。ところがメイドカフェに行けば、現実になる。だからこそ、メイドさんは「萌え」を生み出す存在であり、メイドカフェはそのための特別な空間になり得るのです。

ところが、「萌え」を生み出す空間としてのメイドカフェは今、大きな問題に直面しています。それは、メイドカフェに対する偏見です。いかがわしい風俗店と勘違いして嫌悪感を抱く人さえいます。メイドカフェが出現した当時の誤解は仕方がないとしても、なぜ10年以上も経つのに偏見はなくならないのか。それは「萌え」とは全く関係のない偽物のメイド系店舗が秋葉原に発生しているからです。喫茶店としてのメイドカフェでは利益率が低くても、ごまかしやぼったくり、違法すれすれのサービスで利益を上げられることに気付いた新興勢力が5年ほど前から秋葉原に大量に進出してきました。その頃から、道端でビラ配りをするメイド姿女性が目につくようになります。

メイド姿でのビラ配りの弊害として私が一番懸念しているのは、メイドカフェ、ひいては萌え文化そのものの品と質の低下です。「萌え」を生み出すためのきっかけは「日常での非日常との出逢い」です。メイドさんはメイドカフェという特別な空間に存在する「架空の生き物」だからこそ、メイドさんは「萌え」を生み出すことができるのです。ところが、メイドさんがメイドカフェから飛び出し、長時間道端でビラ配りをしていると、そのうちに「架空の生き物」を演じられなくなり、普通の生身の女の子に戻ってしまう。これでは、「萌え」を生み出すことができません。

メイドカフェの将来を考えるとき、私は京都祇園の舞妓さんの歴史と重ねています。もともと舞妓さんは、祇園参りをする旅人たちの目を引こうと、通りに並ぶ茶屋の店前で、女の子が歌舞伎を真似て派手な衣装で舞を披露したことから生まれました。しかしその後、舞妓さんの文化は品格と美的センスに磨きを掛けて、今では日本が誇る粋な文化となりえたのです。秋葉原のメイドカフェが次代にも発展する文化となりえるか、それとも一時の流行で終わってしまうかは、文化として品と粋を兼ね備えられるかに掛かっていると感じます。品格を下げ、野暮なサービスしか提供できない偽物のメイド系店舗が増殖し、悪貨が良貨を駆逐するようになれば、せっかく現代の日本に復活した「もののあはれ」の文化、つまり萌え文化が衰退することになるでしょう。

(次回のお題は「TCG(トレーディングカードゲーム)」。4月9日[火]更新予定)

(梅本 克=文(デジタルハリウッド大学客員准教授))