疲れたココロに効きます「必ず泣ける本、笑える本」10【2】

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■きめこまやかな筆致で勇気と元気をくれる

小説で重要なのは読者にリアリティを感じさせる力です。盛田隆二は「盛田リアリズム」と呼ばれる、細かなディテール描写がすぐれた作家です。『二人静』は端的にいえば、大人の男女の恋愛小説です。男は父親を介護するサラリーマン。女は、男の父親を担当する介護士。彼女には言葉を発せない娘がいて、別れた夫の暴力に悩まされている。男女はそれぞれに複雑な事情を抱えている。それだけを追うと、暗い小説だなと思うのですが、そうはならない。読むうちに、ふたりの問題が他人事ではなく、自分の問題として迫ってくるのです。彼らは問題に直面し、ひとつひとつ解決するために動いていく。読者に「自分がこういう問題に直面したら、こうやっていこう」と思わせる元気を与えてくれるんですね。

『スコーレNo.4』も、ヒロインの成長を身近に感じられる小説です。「スコーレ」とはスクールの語源となったギリシャ語ですが、真理探究のための空間的場所を意味します。本書は、家族、恋愛、仕事、結婚の4つのスコーレの物語です。ヒロインは就職しますが、これがほんとうにやりたい仕事だったのだろうかと悩んでいます。それでも、すこしずつ学んでいく。この本のメッセージは「いまは遠回りしているように思えても、その日々はけっして無駄ではない」「いまやっていることは必ずどこかに続く」ということ。ようするに「人生捨てたもんじゃない」。透明な文体でつづられた美しい小説です。

小説の力とは、「ふと、立ち止まる」ことなのかもしれません。人生の問題をすべて解決してくれるわけではないけれど、次へと向かうために背中を押してくれる、そんな力があるのではないでしょうか。

■人生とは、生きるとは悩み、考え、自答する

『流星ワゴン』も小説の力を感じさせます。生きる気力を失っているリストラにあったサラリーマンが、ある夜、ふしぎなワゴン車に乗り込む。そして「人生で一番大切な場所」へと連れていかれ、さまざまな「過去」の場所に再び立ち会う。そこで浮気する妻、ひきこもりの息子、横暴ゆえに嫌ってきた父親に会い、心のうちに触れていく。現実的には崩壊している家庭ですが、家族とは何かを非常に考えさせますね。過ぎ去った時間をやり直すことはできません。けれどささやかな変化の兆しが感じられる結末も見事です。重松清のベストワンだと思います。

『遠まわりして、遊びに行こう』は、子どものころの遊びの楽しさをあざやかに思い出させてくれます。「目的地に行くことが遊びではなく、寄り道をしたり、遠回りしたりすること自体が遊び」だった。大人になって結果だけを求めてしまっていたと気づきます。読書もそうですね。よい本に出合うためには遠回りもするでしょう。それこそが本の豊かさではないでしょうか。

『晴天の迷いクジラ』は、それぞれに行き場を失った24歳の青年、48歳の女社長、16歳の少女が、ふとしたことから出会い、入り江に迷い込んだクジラを見にいくというストーリーです。クジラを見たからといって、3人の問題は解決しないことは読者もわかる。けれど、読むうちにどこか救われていく気持ちになる。なぜなのか。それはクジラを見つめる3人にそれぞれ、隣に寄り添うひとがいるからです。「ひとりでは何も解決できず、何も変わらないけれど、誰かがかぎりなく近くにいることによって救われる〈心〉がある」と語りかけているようです。3人は少しだけ軽くなって、もとの居場所に帰っていったはずです。

本も読者の隣にいる「誰か」かもしれません。(文中敬称略)

■北上次郎さんが今回紹介した本

●とても他人事とは思えないリアリズム
『二人静』盛田隆二 光文社
「目の前の問題を打開するために、何から手をつけていくのか。誰が敵で、誰を説き伏せなければならないのか。そうしたディテールがとても具体的」。恋人の娘との関係が深まるメールのやりとりがあたたかい。

●いいことも、悪いことも、いつかつながる
『スコーレNo.4』宮下奈都 光文社文庫
「前向きに生きることがなかなか信じられない時代ですね。こんなふうに一生終わってしまうのかと思ってしまう。いまの生活にちょっと迷っているときに読むと、昨日とはちがった風景が確実に見えてくる」。

●時空を超えて、人生の岐路に戻る旅
『流星ワゴン』重松清 講談社文庫
5年前に交通事故死した父子が乗るふしぎなワゴン車。彼らとともに旅に同行するのは、余命いくばくもないはずの父親。しかも自分と同じ年だった。「ま、いいやと通り過ぎてしまった場が人生の岐路でした」。

●目的もなく遊ぶ豊かさ
『遠まわりして、遊びに行こう』花形みつる 理論社
大学生の青年が「遊び塾」の講師のアルバイトをはじめる。自由奔放な小学生を相手に奮闘しながら青年は成長。「子ども時代のあのときの風の匂い、空の色、胸の鼓動がすごい勢いで蘇ってくる」。

●誰もがつらい、だからそばにいる
『晴天の迷いクジラ』窪美澄 新潮社
「主人公の3人は精神的に追い詰められている。その背景も丹念に描かれていますが、ストーリー以上に引き付けられる力があります。読み終わったときにそれを感じるでしょう」。

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北上次郎(きたがみ・じろう)
1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年4月に椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊して発行人を務める。創刊当時から書評を担当して、ペンネームの北上次郎名で『冒険小説論──100年の変遷』(日本推理作家協会賞受賞作全集)、『ベストミステリー大全』など多くの著作を発表する。趣味は、競馬。

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(北上次郎 構成=与那原恵 撮影=kuma*)