日本の伝統工芸の魅力を店頭から伝えていく

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ビジネスパーソン研究FILE Vol.205

株式会社中川政七商店 荻原由紀子さん

店舗指導や販売員育成にまい進するスーパーバイザーの萩原さん


■入社1年半で店長に。ブランドの世界観を店頭で伝えるためにまい進した

「日本の伝統工芸を元気にする」というビジョンを掲げ、麻製品の企画・製造から流通・販売に至るまでのすべての過程を自社で管理・運営して事業を展開している中川政七商店(なかがわまさしちしょうてん)。そのノウハウを活用して伝統工芸に携わる企業へのコンサルティングに取り組むとともに、自社ブランド「遊(ゆう) 中川」「粋更kisara」「中川政七商店」「日本市」の各店舗で自社製品と日本各地の実用品や生活雑貨を販売し、伝統工芸の魅力を伝えている。2016年には創業300周年を迎える、奈良の歴史ある企業だ。

販売職のアルバイトとして入社した萩原さんが同社のこだわりや思いに触れたのは、遊 中川 近鉄百貨店奈良店に勤務してすぐのことだったという。
「店長からまず教わったのが、麻の紡ぎ方だったのです。当社の麻生地は、『奈良晒(さらし)』と呼ばれる伝統的な製法を受け継ぎ手紡ぎ手織りで作られていることを学び、そこから覚えるのかと驚きました。同時に、そういった知識を得られることを楽しみにしていたので、うれしかったですね」

「商品の背景や商品のある風景のイメージをしっかりとお伝えすることで、お客さまが商品を買ってくださり、売り上げという結果が出ることがただただ楽しかった」という萩原さん。いちスタッフから新たなステップに挑戦することになったのは入社2年目。目標としていた正社員に登用され、3カ月後には新規出店する粋更kisara 梅田ハービスENT店(大阪府)の店長に抜擢されたのだ。

同社が多店舗展開を始めたのは2000年代に入ってからのこと。今でこそ新人店長には経験のある他店の店長が1年間「指導店長」として指導にあたるが、当時は店舗運営のノウハウがまだ体系化しておらず、店長がおのおの手探りで運営していた。3名のスタッフと共に店舗運営に取り組んだ萩原さんが最も戸惑ったのは、いかにブランドのコンセプトやイメージを店舗に表現するかということだった。
「『日本の布ぬの』をコンセプトに日本のテキスタイル(織物、布地)雑貨の多様な色や柄を演出する遊 中川とは異なり、粋更kisaraは『美しい暮らし』をコンセプトに日本各地の生活雑貨や洋服、食品の一つひとつを静かに、美しく見せることが求められました。しかし、当時、粋更kisaraは梅田以外には表参道ヒルズ店(東京都)しかなく、私は店長になるまで店舗を見たことがなかったんです。ブランドコンセプトを表現するための引き出しが自分にはまったく足りず、商品を一つディスプレーするにも悩むばかり。ブランドマネジャーが1〜2カ月に一度来店するたびにアドバイスをもらったり、表参道ヒルズ店を見に行ってどうすればその世界観を梅田でも出せるかイマジネーションを膨らませたり、ほかの雑貨店や雑誌を見たりして試行錯誤を重ねました」

そんな中、店長になって9カ月目には難しい判断を迫られることに。店舗の運営方針の変更により、スタッフを1名減らすことになったのだ。萩原さんは最もベテランのスタッフに他店に異動してもらうことを決めたが、決断に至るまでは悩みに悩んだという。
「ベテランのスタッフがいなくなることで短期的に売り上げが落ちますし、異動するスタッフの意欲を削いでしまうのではないかという懸念もありました。ただ、店舗やスタッフの将来を考えたとき、若手のスタッフにここで経験を積んで成長してもらいたかったんです。この葛藤を乗り越えて決断したときには、自分の中で一段ステップを上がれたように思いました」


■フラッグシップ店の店長として移転に貢献

入社4年目、店長になって3年がたとうとするころ、萩原さんはまた一段ステップを上るチャンスを得た。フラッグシップ店(旗艦店)である表参道ヒルズ店が新丸ビルに移転することになり、新店長が社内公募されたのだ。萩原さんも応募し、面接を経て店長を任されることに。スタッフの採用・教育や備品の調達、店内のレイアウト決め、商品の仕入れなどすべての判断を行い、本来ならスーパーバイザー(SV)が担う店舗の内装設計などへの意見出しにも自分から積極的にかかわった。
「商品が映える壁の色か、棚の高さや什器(じゅうき)の使い方が商品にマッチしているか、レジ周りが紙袋やテープなどの備品を使いやすく収納できるかなど、店舗経験を重ねたからこそ見える視点から意見を出しました。さらには、フラッグシップ店として通常よりも高めの基準を設定してスタッフを集めることにさせてもらうなど、良い店舗にするためにかなり意見や希望を出したんです。その分感じていた責任も大きく、お客さまに来ていただけるかどうか、入社以来これほど緊張したことはないのではないかと思うほどドキドキしながらオープン当日を迎えました。当日はたくさんの方に来店していただけて、忘れられない日になりましたね」

梅田での経験も踏まえて店長として意識していたのは、スタッフの一人ひとりが粋更kisaraの世界観やブランドイメージを理解し、接客やディスプレーで表現できるよう指導すること。さらには、中川政七商店で働く魅力を伝えることだった。
「ブランドコンセプトを納得して理解できているスタッフは成長が早く、接客やディスプレーにおいてしっかりとブランドの世界観を伝えられるようになります。それが売り上げにもつながるので、業務の基本を教える前に、まずは『美しい暮らし』のイメージや『伝統工芸を元気にする』という当社のビジョンを噛み砕いて説明していました。それに共感してもらえれば、そこからの成長は早いもの。また、全国各地の伝統工芸に携わるメーカーのことを本気で考えている奈良の社員たちの熱や空気感を、奈良と東京を行き来している私が伝えたり、自社・他社を問わず店舗で扱っている商品の背景を教えたりすることで、『社員になるとこんな人たちと働けるんだ』と感じてほしいと思って取り組んでいました。その結果、新丸ビル店では半年もたたずに数日間私がいなくても店舗を回せるようになりましたし、今では4人のスタッフが全員店長を目指してくれているのは本当にうれしいですね」

そして現在、萩原さんは新丸ビル店の店長に加えてSVとして関東エリアの直営店8店舗の運営指導やディスプレー指導、スタッフ教育を担当するとともに、店舗スタッフの教育・研修の仕組みづくりにも取り組んでいる。
「約30店舗ある当社の直営店がどこも同じように成長できるようになれば、私が1店舗ずつ足を運ぶよりも成果が出るもの。そのために今、スタッフが店長、SVなどにステップアップしていく基準や仕組みを整備するとともに、研修技術の充実を図っています。いくら会社が良い製品を作り、流通を整えても、販売するスタッフがその魅力や背景をちゃんと伝えなければすべてが台なしになってしまう。これからも、ブランドや自社の理念を的確に表現し、ディスプレーや接客を通して当社が作った製品の魅力を2倍、3倍にして伝え、販売することのできる販売員を育てていきたいと思います」