藤野英人著『投資家が「お金」よりも大切にしていること』

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2014年春に卒業予定の大学生を対象に日本経済新聞が調査したところ、就職希望企業ランキングの1位から10位までを、すべて金融機関が占めたという。一方、メーカー人気はガタ落ちで、トヨタが41位、ソニーが60位となっている。

この背景には、就活生やその親の「安定志向」が見られるといい、「高給目当て」「社会の活力が失われる」「あまりにも夢がなさすぎでは」という指摘もある。しかし、果たしてそうだろうか。投資家でファンドマネジャーの藤野英人氏は、金融機関に対する批判的な見方の裏には、金融に対する無知があるのではないかと反論する。

本来は「やる気がある人に機会を与える」仕事のはず

――そもそも「金融」とはいったいなんのためにあるのでしょうか?

ひと言でいえば、黒字主体から赤字主体にお金を流すこと。もっとわかりやすくいえば、お金のあるところからお金のないところにお金を流すことが、金融の役割なんですね。水の出ない土地に水道を引こうとする水道屋さんに近いのかもしれません。

いまお金はないけれど、家や工場を建てたい、もしくは起業したいという人に、余剰資金を融資や出資といったかたちで提供することは、その人にやる気と信用さえあればお金がなくてもチャレンジできる社会のために、絶対に必要な仕事なのです。

もし「虚業だから」「汗水たらしてないから」という理由で金融業をなくしてしまえば、資産家やエリートや既得権益者など、恵まれた環境にいる人しか挑戦できない、閉塞した社会になってしまうでしょう。金融を虚業といって否定する人は、そういった社会を望んでいるのでしょうか?

結局、ものづくりばかり礼賛して、ITや金融の仕事をいかがわしいと感じてしまうのは、「楽して儲けやがって」「うまくやりやがって」という気持ちが強いのでしょう。

自分はこんなに苦労しているのに、なんで自分と同じように苦労しないんだ、と無意識に感じてしまっているのです。他人を否定することによって、自分の苦労や立場を正当化したいだけです。本当は、羨ましいのです。

「汗水たらして」という言葉を振りかざす人は、自分だけが努力をしているという傲慢さ、相手に対する無知と無理解をさらけだしているのかもしれません。あえて厳しい言い方をしますが、相手や社会のことを知らないこと、知ろうとしないことのほうが、よほど虚ろな生き方でしょう――

(藤野英人著『投資家が「お金」よりも大切にしていること』星海社新書、87〜189頁より)

(会社ウォッチ編集部のひとこと)

藤野氏は、IT業界や金融業界、コンサルティング業界を「虚業」と揶揄する人を「差別主義者」と憤り、「究極の不真面目さ」を感じるという。提供する商品やサービスがあり、それを受け入れるお客さんがいる限り、その仕事には価値があり誰かの役に必ず立っていると。

虚ろな仕事だといってその存在自体をバッサリ切り捨てるような人は、そこにいる血の通った人間のことを想像できず、社会や経済のことを何も理解できていないと批判している。確かに動機は気になるが「やる気のある人にチャンスを与える」金融機関の役割をまっとうしてくれるなら、人気ランキングで保険や銀行が独占したからといって必ずしも悲観する必要はないだろう。