湖南省の中南大学大学院在籍中に邱永漢氏と出会い、卒業を待たず、2005年から氏が亡くなる2012年5月16日まで秘書として中国ビジネスと中国株を直接学んだ上田尾氏。今回は、邱永漢氏との出会いについて、そして共に働いた時期を追憶。

私が「邱永漢」と出会ったきっかけ

 私が湖南省の大学でろくに勉強もせず、真面目に勉強している賢そうなやつを捕まえてカラオケやお酒を飲んで遊んでいた話を前回しました。そんなある日、私に人生の転機が訪れました。

 私はこれまで株にまったく興味がなく、まわりに株をやっている人もいなかったのですが、その当時香港に上場したばかりの中国人寿保険の株に神様からのお告げのようなものがあり、気がつけば買っていました。今から考えてもなぜあの時、株を買ったのか不思議に思うのですが、株式投資を始めた私は、1銘柄しかないにもかかわらず、中国株関連の情報をネットで見るようになったのです。

「中国株」と検索するとよく出てくる「邱永漢」という人物。株についてはまったくの素人で何も知らなかった私には、邱永漢先生の書いているわかりやすい文章はとても役に立ちました。

邱先生がやってくる!

 いつのまにか毎日邱先生のコラムを読むようになったある日のこと、邱先生が投資考察団を引き連れて、この私がいる湖南省長沙に来るというコラムが掲載されました。

「邱永漢が来る……」「邱永漢が、私がいる湖南省の長沙に来る……」

 このコラムを読んでからはいてもたってもいられなくなり、駄目でもともとと邱永漢事務所宛にメールを書きました。

「私は今湖南省の長沙で留学をしている上田尾一憲と申します。邱永漢先生が考察団で長沙に来られると知りました。来られた際に何かお手伝い出来ることがあれば何でもさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」

 と、たった3行ほどのメールを送ったのです。

 今から考えると、邱永漢先生にこんな失礼なメールをよく送ったものだと、自分の勇気と馬鹿さ加減には呆れます。

 メールを送ったのは考察団ツアー出発の10日前くらいだったと思いますが、出発3日前になっても返事はありませんでした。まぁこんなもんだろうと思い、邱先生が泊まるホテルに押しかけてサインだけでももらおうと考えていたところ、出発の前日になって邱永漢事務所から返信があり、邱先生が到着する日に会ってもらえることになりました。

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