VILLAGE-VANGUARD_0














こんなことがあった。
賃貸マンションの時代のことである。

生涯3回目の税務調査。

調査官は目の鋭いいかにもやり手といった感じの上席の40代。
1回目、2回目の若手とはレベルが違う感じ。
ダンディな人でセンスのいいカフスボタンをしている。

例によって事務所を見せても、さほど驚いた様子もなく
「みなさんこんなもんですよ」
「僕一人でやっているものですから」と、
常套句を告げても、「零細の常です」とのたまう。

なかなかやりにくい。

調査の場所は畳部屋。
胡坐をかきながらの応酬。

「すみませんね。こんな場所でやりにくくありませんか。
ダンディな方に胡坐なんかさせてしまって」勝負球を投げてみる。

反応はにべもない。

しかし、彼は僥倖を置いていってくれた。
初日の調査でカフスの片割れを忘れていってくれたのである。

見てみるとなかなか高価そうなカフスである。

調査は三日間。
あと二日ある。

このカードの出しどころを思案した。

2日目、ダンディな調査官は部屋に入るなり落ち着きなく何かを探している様子。
僕は笑いを堪えながらティシュにくるんだカフスをポケットの上から手で確認した。

三日目。勝負の日。
調査が進み、最後の佳境に入ったところで、
「これ贅鳥さんのではありませんか」わざとらしく言う。

素敵なタイミング。件の調査官の喜ぶまいことか。
「大切な人からの戴きものですか」追撃の手を緩めない。

調査官は意外に人のいい顔で大きく頷いてほほ笑んだ。
税務調査が首尾よくいったのは言うまでもない。

時効だからここに記したということではない。
零細企業だったころの逸話としては適当だと思ったので書いた。


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■プロフィール■ 

菊地敬一
ヴィレッジヴァンガード創業者。

1948年北海道生まれ。
賞罰共になし。
原付免許、普通自動車免許、珠算検定6級 保持。
犯歴前科共になし。

大学卒業後、書店勤めを経て、39歳で独立。
名古屋で、遊べる本屋『ヴィレッジヴァンガード』を創業。
独自のセレクトとPOP、ディスプレイで
「変な本屋or雑貨屋」としての地位を確立し,
396店舗を展開するに至る。