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前回、ウィリアム・モリスのデザインの源は「自然」と「中世」にあるとお話しました。このうち、「中世」については、より広い意味の「歴史」という言葉に置き換えたほうがよさそうです。その理由は今後明らかにしていきたいと思いますが、とにかく彼が「美」や「芸術」の本質をどう捉えていたかを考える時に「自然」と「歴史」がキーワードになる、ここでこう言い直しておきたいと思います。

ここでは「歴史」のほうに焦点をあてながら、モリスの芸術論について少し探ってみたいと思います。急に分かりにくい話になるかもしれませんが、どうぞおつき合い下さい。



Chartres.jpg「装飾は建築の主要部分である」!?



前回紹介した、モリスの師匠ともいえる思想家ジョン・ラスキンの話から入りましょう。彼は、中世におけるゴシック様式をすべての様式の中で最も優れたものとして讃えました。さらにラスキンは、こんな発言もしているのです。

「装飾は建築の主要部分である」

―これはいったいどういう意味でしょうか。装飾は構造体としての建造物に付け足された部分である、と考えるのが普通ではないでしょうか?

アドルフ・ロースの「装飾は罪悪である」と同じくらい、こちらも衝撃的な言葉です。


ラスキンのこの思想はモリスに受け継がれます。

ここで「建築」という言葉は、単なる建造物という意味だけで使われているのではありません。


モリスは建築を、人間が生きていく環境、人間による創造や生活上の営み、その両方を貫く時間の流れなど、つまり人間世界の全ての要素を凝縮したものである、と捉えていました。

 

 

Milano__Marco-Bonavoglia.jpg「建築とは歴史であり、

建築とは装飾である」という考え方


建築は、様々な時代の人々によって様々な方法で建てられ、飾られ、修理されたり増築されたりしながら時を刻み、その中で少しずつ形や表情を変えていきます。

数えきれないほどの人々の行為のしるしが集まって「建築」を形作っている。「建築」は普通の人々の慎ましい生活の「歴史」であるとモリスは考えました。



そして、人々が最も自由に幸せに仕事をし、その営みが最も自由な形で建物に現れているのが中世に建てられたゴシック様式の建築であり、だから最も優れた様式なのだ、というラスキンの主張に深く共感したのです。




モリスは中世の世界だけではなく、「歴史」そのものを愛しました。それは教科書に載っている政治上の出来事の羅列ではなく、慎ましく生きて誰にも記憶されずに消えていく「民衆」たちの、様々な労働や生活の跡の集積のことを指します。そしてそこにこそ多様な「美」がある、と考えたのです。



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このようにモリスは、民衆の歴史が刻まれた偉大な芸術として「建築」を重視し、若い頃に建築を志したこともありました。しかし試行錯誤をするうちに、自分の思う「美」や「芸術」は、建築方面よりも平面デザインによる装飾という分野でこそ表現できると考え、装飾芸術家という道を選びました。

彼は、歴史は建築物の表面を飾る「装飾」にこそ集約されているのだ、と考えたのです。


 

Art_Needlework_Morris.jpg「装飾」で、人々の生活の歴史に宿る「美」を表現する―そのためには、その装飾は機械と流れ作業によってではなく、人間の手作業によって作られる必要が確かにありそうです。

次回は、モリスデザインの作品を見ながら、彼の芸術観がどのように反映されているのかを考えます。