ダイキン工業会長兼CEO 井上礼之氏

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■直感力を磨く鍵は「現場主義」にあり

世界経済が先進国から新興国主導になり、かつての成功体験が通用しない時代になりました。たとえばルームエアコンを主力商品の1つとする我々の電機業界でいえば、高付加価値、高機能、高品質な商品を高価格で先進国に販売していたのに、これからは新興国のボリュームゾーンを攻める方向にシフトしなければならなくなりました。

新興国のボリュームゾーンとは、日本円で年収50万〜350万円の層で、商品に対する要求も国によって違います。たとえばエアコンの場合、日本では25度前後の適温を保つ機能が求められますが、シンガポールでは冷えれば冷えるほど好まれる。現地のニーズを的確に捉えた商品を低価格で大量に提供する必要が出てきたのです。R&D(研究開発)もすべて日本でやるのではなく、現地の人々が欲している商品を現地スタッフが開発してローコストで提供する時代になりました。

このようなパラダイム転換の時代に求められているのは「答えのないことを決められるリーダー」だと思います。これまでのように、ケーススタディや過去の経験を積み上げてロジカルに考えても、正しい答えを導き出すことは難しいでしょう。今は何事もやってみなければわからないからです。

先行き不透明で変化のスピードも速い時代に正しい決断を下すためには、論理力や戦略立案力よりも、直感力が鍵となります。直感を磨くためには、「現場主義」と「コミュニケーション」が非常に重要になってくると思います。

私は年に10回近く海外出張をし、世界中の拠点を回ります。現地では朝から晩までみっちり会議です。現地の社長や営業部長などから話を聞き、現場の動きや今抱えている悩みなどの情報を、どんどんインプットするのです。本社の取締役会だけで報告を受けていたら、フィルターがかかり、たとえるなら泥水が真水になっていることもある。それで経営判断をしたら、足元をすくわれますよね。他人のフィルターを通さず、自分の目で現場を見て情報を集めれば、自然と直感力は磨かれていきます。

2003年、欧州が記録的な猛暑に見舞われたときのことです。大勢の人が熱中症で亡くなり、9月になってもエアコンの注文が生産量の3倍ぐらいに増え続けていました。大幅な増産をしたいのはやまやまですが、売れ残って在庫を抱えるリスクもあるので、現地のトップは悩んでいました。

私も現地を訪れ、目の前で起きた現象を驚きの目で見ていました。そのときに肌で感じたのが、「欧州は空調の夜明けを迎えている」ということでした。それまでエアコンを全然知らなかった人々が、猛暑によって「エアコンってこんなに快適なものだったのか」と実感した。こうなったら彼らがエアコンを手放せなくなるのは必至です。私は「これはいける」と直感し、増産に踏み切りました。このときの決断の結果、今では欧州市場でトップシェアを誇るようになりました。

先見性や洞察力を持って他社より半歩先に決断し、実行に移すために重要になってくるのが、リーダーのバランス感覚です。経営者は大きく分けて、ぐいぐい人を引っ張っていく集権型リーダーと、個人の力を重視し、自由奔放に仕事をさせていく分権型リーダーがあると思いますが、私はどちらか片方の能力に偏っていてはダメだと思います。状況に応じてバランスを上手に取り、意思決定できるのが変革型のリーダーだと思うのです。

■「撤退する勇気」を持てるかどうか

徹底した現場主義は、すばやい経営判断をするうえで役に立っていますが、私自身、多くの人の話を聞いても、すぐには決められないこともあります。その場合は、「1カ月後にみんなで結論を出してこい。私はそれに従うから」などということもあります。決めてくれると思っていたリーダーが決めないと、社員たちは責任逃れができなくなるから、自分の問題として真剣に考えます。最後には現場に即したいい答えをちゃんと出してきたりする。その答えが正しいかどうかわからない場合も、大きな影響がないようなら、思い切って採用する。それが現場への権限委譲やリーダーの育成につながります。

もし答えが間違っていたら一刻も早く認め、正しい方向へ修正する柔軟性と勇気も必要です。新しい事業を始めるよりも、撤退するほうが苦しいし、難しい。しかし、余計なプライドなどは脇に置いて、瞬時に方向転換しなくては、状況は悪化するばかりです。

現地や現場に任せるという「遠心力」が働けば働くほど、本社の理念や方針といった「求心力」が弱まる問題も発生します。だから現地のトップを頻繁に本社に呼んでコミュニケーションを取り、現場の事情を報告したり相談したりするブリッジの役割をさせています。同時に、本社のトップも現地に赴いて、本社の理念や方針が伝わっているか再確認しなければならない。まさに故・松下幸之助さんが言った「任せて任さず」の精神です。

当社は2011年いよいよ米キャリア社を抜き、空調機器の売上高で世界一となる見通しです。しかし世界一の座が見え、世界各国に事業が拡大すればするほど、人材育成に力を入れていかなくてはならないと痛感しています。当社にはグループ全体で4万人の社員がいますが、そのうち日本人は1万人。急激に海外で事業を拡大したため、国内外で後を継ぐ若いリーダーが、圧倒的に不足しているのです。

そこで、11年4月からスタートする新・中期経営計画「FUSION15」に、新しい人材育成の方針を盛り込むことにしました。世界共通の人事制度と並行して、中国は中国、タイはタイというように各国特有の事情に合わせた人事制度を採り入れ、2本立てでやっていくつもりです。

そこで注目しているのが韓国サムスン電子の人材育成制度です。サムスン電子は各国で現地社員を大量に育成し、現地で商品を開発する方法で新興国のニーズを的確に掴み、ここ5年ほどで驚くべき成長を遂げました。同社では若手社員の人材育成にも力を入れていて、海外研修では本来の仕事を一切させず、文化や生活様式を学び、その国の神髄を理解することに専念させるそうです。なかなかそこまではできませんが、こうした取り組みを、当社に合ったやり方に応用できないかと検討しているところです。

世界で通用するリーダーを育てるには、とにかく「修羅場を数多く踏ませる」ことに尽きると思っています。GDPで世界3位に落ちたといっても、日本は衣食住に恵まれた豊かな国。そこから飛び出し、日本の論理がまるっきり通用しない、カンボジアやラオスなどの開発途上国に行かせて苦労させるというのもひとつの方法です。

■個性的すぎる人材が恐るべき能力を発揮

たとえば織田信長は乱世ではおおいに才覚を発揮しましたが、平和な時代に生まれていたら、ただの変わり者で一生を終えていたかもしれません。海外で伸びる人材も、これに似ています。国内事業では個性的すぎるきらいがあったけれど信念や信義はしっかり持っているような人材は、海外で上手に修羅場を経験させてやると、恐ろしいほどの能力を発揮することがあるのです。最初に適性を見極めたうえで、リスクも覚悟しながら、その人をとことん信じて任せてみる。

1994年に業績不振に陥り、1000人規模の余剰人員が出たときも、そのうちの一部は思い切って海外に出しました。結果として彼らが今、海外事業を支える強力なリーダーに育っています。

※すべて雑誌掲載当時

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ダイキン工業会長兼CEO 井上礼之 
1935年、京都府生まれ。同志社高校、同志社大学経済学部卒業後、57年大阪金属工業(現ダイキン工業)入社。人事部長などを経て、79年同社取締役就任。常務、専務を経て94年代表取締役社長就任。2002年より現職。著書に『「基軸は人」を貫いて』(日本経済新聞出版社)。

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(中島 恵=構成 澁谷高晴=撮影)