伊藤潤二、花沢健吾、漫☆画太郎……なんだこの漫画雑誌は? 秋田書店エレガンスイブ増刊の『もっと!』vol.2のラインナップがおかしいと評判に。実際のところ何がどうすごいのか、面白い本になっているのか。作家と作品をチェックしてみよう。

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『もっと!』がおかしい。
ネットの一部で話題になっているこの雑誌。表紙はかわいらしい、『花のズボラ飯』で有名な水沢悦子(以下、うさくんっていうの禁止)のイラストになっていて、一見すごみがわかりません。
「エレガンスイブ」の増刊で、多分一応おそらく女性向け雑誌棚に並ぶでしょう。

しかし、1ページ表紙をめくると、この雑誌が何をしようとしているのかわかるはずです。
そこにあるのは、『空が灰色だから』の作者・阿部共実が描く、スカートだけはいた半裸で顔のない少女達の群れのイラスト。身体にはドット模様。
添えられているのは、「処女が集まって作った処女性に関する処女作」というキャッチフレーズでデビューした新鋭「少女映画」監督の山戸結希の詩。
「太陽のない海で、人は踊ったりできるでしょうか……」
あかん。
この雑誌劇薬だ。

作家陣が発表になった時から話題になった雑誌でした。
どのくらいかというと、作家陣発表時にこの本に連載しているきづきあきらがTwitterで「すみませんが、うちが完全に浮くラインナップになってきたんで、うちの読者さんもどうか買ってください…。応援がほしいです…」とつぶやくくらいです。
そうは言いますけど、きづきあきら・サトウナンキのマンガ『暁の明星』自体、アンシャンレジーム期ヨーロッパで、仮面の貴族が見守る中、女性が全裸で股を開く、というとんがりまくったマンガなんです。すごいですよ。
それをしても、「浮く」と言ってしまうこの雑誌、何がどうすごいのか作家を取り上げながら説明してみます。
 
漫☆画太郎
マンガではなく一枚イラストなんですが、『画太郎cover girl』と題して、今回は『花のズボラ飯』のヒロイン花を描いていますが、まあどうみても似せる気ないよね!
漫☆画太郎と言えば『珍遊記』でご存知のかたや、マキシマムザホルモンのジャケットで見たことある人が多いかもしれません。秋田書店だとピエール瀧原作の『樹海少年ZOO1』や『ブスの瞳に恋してる』などがありますが、どちらも怪作。
漫F画太郎名義の『罪と罰』なんて完全に表紙詐欺です(漫☆画太郎的には褒め言葉です)。
そんな漫☆画太郎にイラストをなぜ女性向け雑誌に引っ張ってきたのかの真意が全くつかめないのですが、問題は「Vol.1」と書いてあるところ。つまり次号には2があるということですね。
どのマンガのヒロインが生贄……じゃなくて題材にになるのか楽しみです。画太郎ファンなら1Pのこのイラストだけのために買っても損なし。
 
伊藤潤二
ホラー漫画家としては超有名どころとも言える伊藤潤二。『富江』や『うずまき』を原作・映画で見た方も多いはず。
恐怖感もすごいのですが、人間が形をなくしていく不安定感を描くのが非常に得意な作家で、画面から漂う落ち着かなさは一級品です。
最近までは『憂国のラスプーチン』という原作付きのロシアの物語を描いていましたが、実はホラーマンガを伊藤潤二が描くのはなんと3年ぶり。
3年ぶりの復帰がまさか、ホラーマンガがこれ一本だけの雑誌に載るとは、意外すぎにもほどがあります。
読み切り40ページで『溶解教室』というガチホラーマンガが掲載されています。誰にでも謝る謎の少年と、脳みそを吸わせろという謎の妹の、不安で仕方ないストーリー。いつもの伊藤潤二節バリバリです。

道満晴明
以前紹介した『ヴォイニッチホテル』や『ニッケルオデオン』を連載中の作家。
成人向け雑誌の「快楽天」や旧「ホットミルク」が主戦場で、一応男性向けということでエロティシズムをテーマにした作品を描きながらも、その中に人間の悲しみややりきれなさを詰め込むのが得意な作家です。そのため、女性ファンも多くいるエロ漫画家でした。
一般誌ではそこからエロを抜いた(あるいはうまくオブラートに包んだ)作風のショートショートで、人生の悲哀を描き続けており、カルトな人気を誇る作家です。
なんというか、正直この作家が、一応女性誌に当たると思われるこの雑誌に載っている時点で、多くの道満晴明ファンは「ああ、そういうことか」とわかるんじゃないか、ってくらい指標になりやすい作家だと思います。
エロマンガがサブカルチャーとして、人間を表現している様を愛している、大人たちのためのマンガ。
今回掲載されている作品は、大人から見た子どもたちの戦争、というもの。道満晴明作品としてはかなりオススメしやすいストーリーになっています。

阿部共実
今回の『もっと!』vol.2の至る所にこの作家の絵があるあたり、編集が何を考えどういう本を作ろうとしているのかわかると思います。阿部共実作品を知っている人は、マンガだけじゃなくてこの本のあちこちにあるイラストを是非探して見てください。
阿部共実は『空が灰色だから』をチャンピオンに連載し、世の中に対する自意識過剰と不安感を短編で描いた作家。現在5巻で完結したばかりです。
短篇集にも収録されている『大好きが虫はタダシくんの』は、ホームページやpixivにアップされてからネット中で話題騒然。まだ知名度が高くなかった頃の阿部共実の名を一気に有名なものにしました。
かわいらしい絵柄とドット柄が特徴的な作者。内容は救いようもないこともあればハッピーなこともある、躁鬱な展開。読む度に綱渡りさせられる作風です。
そんな作者の新連載が『ちーちゃんはちょっと足りない』。名前からして不安になります。
第一話はちょっと足りないちーちゃんの日常を描いており、絵柄もあってかわいらしさに満ちていますが、今後連載とのことでどうなるのかわかりません。
少なくともイラストを見る限り、この雑誌は阿部共実を「ギャグ漫画家」としては扱っていないようです。

花沢健吾
『アイアムアヒーロー』で、すっかりゾンビの人と定着しつつある花沢健吾ですが、根に持っている作風は、『ボーイズ・オン・ザ・ラン』、『ルサンチマン』で描かれていた人間不信・女性不信的な強烈な思いです。超メジャーになってもパンクで在り続ける作家、とでもいいましょうか、独特の地位を築きつつあります。
新連載の『秋桜』は、子供の頃のやりきれない気持ちを描いたレトロ話。○ン肉マン消しゴムなんかが出てくる時代の話です。
このマンガの中に「モスモス」という自販機が出てくるのですが、これは元は「コスモス」というパチもん自販機型ガチャガチャのこと。しかもマンガに出てくる○ン肉マン消しゴムは、その中でも不良品、という、なんだかガタガタな少年期を見るような作品になっています。
「初めての女性誌、緊張します! 童貞を卒業する時の気分に似ていますね。」
柱コメントにやられました。やっぱり花沢健吾だった。

榎本俊二
『榎本俊二のカリスマ育児』が復活ということで、内容はすこぶる女性誌的な中身です。育児というには随分ふたりとも大きくなったなあ。もう6年かあ。
と同時に、多くの人はわかっているはず。作者が『ゴールデンラッキー』や『えの素』など、過激でナンセンスで破壊的なギャグ漫画家だということを。独特のテンポで繰り出されるナンセンスギャグとシモネタの数々は、ものすごい勢いで読者をふるいにかけます。
おそらく女性誌での育児エッセイということで、比較的普通に日常を描いていくのだと思いますが、いつ爆発するのかひやひやアンドワクワクしている自分もいます。

施川ユウキ
世界を斜めに見ながら、新しい発見をしたり、なんとなく憂鬱になる、そんな哲学を軽快に描く作家。チャンピオンで『がんばれ酢めし疑獄!!』を連載後、中学生の少女を主人公に据えてその哲学世界を笑いに変えた『サナギさん』が連載されます。今回はそのサナギさんを、かつてのフォーマットのままに、続きとして復活! 
ぼくはもう、強烈な施川ユウキファンなので、これは驚愕でした。まさか復活するなんて、しかも女性誌(のちょっと変わったところ)で!
やっていることも、ヒロインサナギさんとフユちゃんの何気ない日常のままで、絵柄もかわいいまま。ある意味女性誌的ですが、施川ユウキファンで驚いたのはぼくだけじゃないはず。
ちなみに『鬱ごはん』、『バーナード嬢曰く。』、『オンノジ』と、4月19日に同時発売になります。施川ユウキの時代が来たのか、時代が施川ユウキに追いついたのか。
サナギさんは全く読んだこと無くても、この『もっと!』からで楽しめるようになっているのは親切設計。

他にも、萌え系ゾンビマンガを描いていたさとの時間操作マンガや、ネット創作で人気を誇るクール教信者の描くキャンパスライフマンガなど、新風も招き入れています。
女性誌らしく、雁須磨子や衿沢世衣子なども描いていますが、冷静に考えたらどちらかと言うと「女性誌らしく」ってより、「エロティクスF」や「アックス」の方が近い感じがします。

ものすごく本の向かう先がわかりづらいんですが、あえていえばかつてあった「コミックH」(ロッキンオンの出していたコミック雑誌)や「コミックキュー」(イースト・プレスの出していた雑誌)に近い路線だと思います。
最近の雑誌だと「アオハル」が近そうですが、あそこまで若々しくなく、狙うターゲット層が30代のように見えます。ズボラ飯世代ですね。
がんばろうという前向きな女性誌的感覚の作品と、何もかも不安で仕方ないという感覚の作品を、うまく水沢悦子のかわいい絵でくるんでパッケージしたこの本。
一言で言えば「サブカル」的なんですが、逆だと思うんですよ。サブカルチャーと言われる文化の中で育ってきた人たちにとっての「メインカルチャー」の詰まった雑誌にしようとしている匂いがプンプンします。
新進気鋭だけじゃなく、新旧織り交ぜての構成だからです。女性誌に偏ることもしないし、サブカルだと気取ってもいない。
ただ、「このラインナップ、なんてオレ・私得なんだろう」と感じた人は、きっといると思うのです。
ぼくがそうです。

作家の一人、今日マチ子のこの言葉が興味深い。
「演劇と漫画のその先へ。普段できない表現を思いっきりやってみました。こんなことをやらせてくれるのは「もっと!」しかない!」
作家さん達ののびのび感はすごく感じるのです。
今は季刊なので、3号がどうなるのか全くわかりませんが、何かが生まれそうなこの雑誌、今後が楽しみでなりません。
にしても、これなぜか本文内で月分けしているの面白いですね。読んでいてギョッとします。


『もっと!』vol.2

(たまごまご)