『IOC オリンピックを動かす巨大組織』(猪谷千春/新潮社)
東京五輪は実現するか? 開催地はいかに決まるのか? 多くのナゾと誤解に満ちたIOCの全貌を、30年にわたり委員として活躍した著者が明かす。

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2020年夏季五輪開催を目指す東京に対し、国際オリンピック委員会(IOC)評価委員会による現地調査が、3月4日〜7日の4日間、都内各地にて行われた。
新聞、テレビでもかなり時間を割いて報道されていたので憶えている方も多いと思うが、このニュースが流れる際、決まってある人物がコメンテーターとして起用されていたのをご存知だろうか。
その人とは猪谷千春IOC名誉委員。
1982年にIOC委員に選ばれ、以降2011年に定年退任となるまでの約30年間に渡り、IOC副会長をはじめ各要職を歴任。まさに「IOCの生き字引」として世界的にも認められた人物である。
2011年の定年退任以降は「終身名誉委員」となった猪谷氏が、ブラックボックスに包まれているIOCという存在を深く知って欲しいと、自身の記憶を呼び起こして上梓したのが『IOC オリンピックを動かす巨大組織』になる。
先月、突如沸き起こり、日本だけでなく世界中で物議を醸している「レスリング・五輪中核競技除外問題」においても、非難の矛先として注目を集めているIOC。9月総会での2020年五輪開催地決定まで、IOCについては断続的に各報道でも話題にのぼることが予想される。本書を一読しておけば、ニュースへの理解度も深まるのは間違いない。

この本の中で著者は、ロス五輪以降、高い放映権料を得た代償として種目・競技を決める権限をテレビ局に譲ることになった現状など、IOCが抱える問題点を正直に綴っている。また、強権を振るったサマランチ会長の功罪、オリンピックが巨大ブランドに変貌を遂げた経緯、IOCが組織改革できない(自浄作用がない)理由など、さすが30年に渡って内部にいた人物の記述だけに質・量ともに読み応えがある。

だが、これらに関しては以前紹介した『オリンピックと商業主義』に関してのレビューとも重なる部分が多いため、今回は割愛したい。
本書がまさに価値を発揮するのは、「過去」にとどまるのではなく、オリンピック、そしてIOCという組織が今後どうあるべきか、という未来についての提言もなされている点にある。そしてこれはまさしく、「五輪中核競技問題」と関わってくる内容でもある。
第7章「今、考えるべきこと」からその提言について引いてみたい。

オリンピック夏季大会、冬季大会で実施される競技の数は、それぞれ五輪憲章で定められている。
夏季競技はIOCが認めた28の競技団体の中から最低25競技。
これに対して冬季五輪では、7つの競技団体に属する競技がコア競技(=中核競技)となる。
「28対7」。このアンバランスさこそ是正すべき点であり、問題解決へと導く突破口であると綴る。

《飽和状態にある大会規模、とりわけ夏季大会の規模をどう変えていくか。(中略)いまは夏と冬の規模がかなりアンバランスだ。実施される競技数が大きく違うからである。これを。夏と冬とでバランスをとってみたらどうだろう。夏の競技をいくつか冬に実施するのだ。例えば、屋内でできるバレーボールや卓球、バドミントン、フェンシングなど、移動可能な競技はいくつもある。冬に競技を移すことで、夏に新しい競技を入れて行くことも可能になる。(中略)常に新しい刺激を求めているテレビ局やスポンサー企業の要求に応えることにもなる》

考えてみれば、バスケットボールやバレーボールなどは、日本だけでなく海外でも冬がシーズン真っ盛りのまさにウィンタースポーツであり、理にかなっているアイデアと言える。
本書が刊行されたのが2月28日。中核競技問題が起こったのは2月12日であり、著者の意図としてはレスリング問題に対してではなく、野球とソフトボールを復活させるためには、という観点から綴った内容ではあるのだが、非常に意義のある提言なのは間違いない。だが、猪谷氏はIOC委員在任中に2度、このアイデアをIOC理事会に提言したものの、「時期尚早」として話が進まなかったという。
現在の五輪憲章には「雪や氷の上で行われる競技のみが、冬季五輪と見なされる」と明文化されているため、氏の提言を実現するためには五輪憲章そのものからの改訂が必要になってくる。越えるべきハードルはなかなかに高いとも思うが、一人でも多くの人が五輪とIOCへの理解を深め、議論を成熟させていくことこそが、地道ながらも最短の道なのではないだろうか。

本書では他にも、サマランチ会長と堤義明西武鉄道グループオーナー(いずれも当時)の蜜月関係、長野五輪招致には成功し、一方で大阪五輪招致と2016年東京五輪招致が失敗した理由など、日本スポーツ史を語る上でも注視すべき内容が多い。中でも、著者がもっとも憂いている現状が、IOC委員や国際競技団体(IF)など、スポーツ界を影で支える立場に、日本人の次代の担い手が不足している点だ。

《これは憂うべき笑い話だが、ある競技団体で日本に不利なルール変更を決める採決があったとき、日本出身の役員はにこにこ笑いながら賛成に手を挙げたという。言葉がよくわかっていないので多数派に従ったというのが真相だった。その程度の人が年功序列、あるいは名誉職的にIF役員を務めている。日本スポーツ界の悲しい現実である》

体罰問題、女子柔道の監督暴力問題などでつまずき続けている状況では、非常に耳の痛い話である。

『IOC オリンピックを動かす巨大組織』
第一章 サロンへの仲間入り(サマランチ会長とのはじめての出会い、他)
第二章 IOC委員は忙しい(IOCとはNGOである、活動にかかる費用、他)
第三章 サマランチ改革の功罪(飽くなき権力志向、商業主義への舵取り、他)
第四章 IOCの試練(ドーピングとの戦い、ソルトレークの余波、他)
第五章 長野オリンピック招致の裏側(囁かれたジャパン・マネー、他)
第六章 東京に再びオリンピックは来るか(なぜ大阪は敗れたのか、他)
第七章 今、考えるべきこと(野球とソフトボールを復活させるには、他)
(オグマナオト)