久保田流「脳育RUN」五カ条

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ただ「走る」だけでぐんと頭がよくなるという、スーパー運動法が最新脳科学でわかってきた。そのメカニズム&メソッドを公開!

■最も効果的な運動法とは

では、脳を鍛えるためには実際、どんなことに注意して走ればいいのか。

「久保田流『脳育RUN』五カ条」としてポイントを表にまとめたので、走り始めるときの参考にしてみてほしい。

ポイントは、適度な強度と頻度で身体を動かすことだ。脳を鍛え、老化を防止するためのランニングと、マラソンでタイムを縮めるためのトレーニングとは違う。走ることがストレスにならないよう、無理のないレベルから入って、徐々に時間や頻度を増やしていくのがいい。可能なら一緒に走るパートナーを見つけて、楽しく前向きな気持ちで続けると脳への効果も高まる。

走るときに前頭前野をなるべく使うように工夫することも大切だ。

「ランナーというのは黙々と走っているように見えて、クルマや自転車に注意し、路面の凸凹に気をつけ、コースを確認し、景色や人々を眺めて感情を抱くなど、じつはさまざまな刺激を受けています。普通に走るだけでも、前頭前野をはじめ脳はフル回転しているのです。加えて、草木の香りをかいだり、周囲の物音に耳を澄ませるなど、身の回りの刺激に五感を研ぎ澄ませるとさらに効果的でしょう」

やはりランニングマシーンより、屋外を走るほうが脳にはよさそうだ。

また、「記憶し、思い出し、比較する」という作業をランニングに組み入れるのもワーキングメモリーを鍛えるのに役立つという。

「たとえば、どこまで、どれぐらいのタイムで、何をしながら走るか、事前にしっかり決めること。さらに走ったコースを地図に描いたり、曜日ごとにコースを変えてタイムや距離を記録に付けるといった作業もおすすめしたいですね」

一定のペースで長時間走ることに慣れてきたら、応用編として、ゆっくりしたペースのジョギングと、一気にスピードを出す短距離のダッシュとを織り交ぜる、いわゆるインターバルトレーニングにもチャレンジしたい。

「ジョギングは、心臓血管系から酸素を身体に採り入れつつ長時間続ける有酸素運動です。一方、短距離走は筋肉の中にある酸素を一気に使いきる無酸素運動です。両者を織り交ぜることで、最大酸素消費量を上げ、より持久力を高めることができます。こうした変化を加えることで、ワーキングメモリーや前頭極も鍛えられます」

■ランニングは最良の抗うつ剤

ここまで見てきた脳の器質的な部分とは別に、脳内で働く神経伝達物質の分泌についても、運動がポジティブな効果をもたらすことがわかってきた。

たとえば、代表的な神経伝達物質にドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどがあるが、そうした物質が脳と身体を行き交うことで、人間はさまざまな思考や感情などを生み出している。ドーパミンは運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わる。セロトニンは気分、不安、衝動、学習、自尊心などに関わり、その不足がうつ病などの精神疾患につながると考えられている。ノルアドレナリンは覚醒、警戒、注意、気分に影響し、やはりうつ病の治療で注目されている。

これら重要な神経伝達物質も、ランニングによって増えるのである。

PTSDなどのストレス障害、不安障害、うつ病、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、薬物依存症、女性のホルモン変化の問題(月経前症候群、妊娠、産後うつ、閉経)、加齢に伴う認知症、アルツハイマー病……さまざまな症状の治療と予防に運動を採り入れる研究が行われ、多くの症例について疫学的な正しさが確認されつつある。

外部から薬の形でとらなくても、体内で効果のある物質を作り出せるのなら、それに越したことはないはずだ。

とくにこれからの高齢化社会において、誰もが気になるのが認知症、アルツハイマー病だが、運動の習慣があればかかりにくくなる、あるいは発症時期が遅くなるというデータも出ている。

「転んで骨折するなどの危険さえ避ければ、高齢者でもどんどん運動はすべきです。トレーニングをすれば、年齢に関係なく脳を鍛えることができます。知的能力と運動能力を高めながら、自ら健康を維持する。それが『脳のよい人』だと思います。ともかくこれだけいいことずくめなのだから、走らなきゃ損ですよ」と久保田先生は笑う。

運動はいつ始めても遅くはないのだ。

私たちはいまやまったく体を動かさなくても生きていける社会をつくってしまったが、身体や脳の仕組みは野山を駆けまわって狩猟採集生活をしていた時代から変わっていない。

人類の祖先の脳が一気に肥大化を始めたのは、約200万年前、猿人が樹上から地上に下りたときだといわれている。「枝をつかむことから解放された手で道具を使い始めたことで脳が急に大きくなった」というのである。

しかし最近では、「2本足で長時間走れるようになったことで脳が大きく成長した」という説も提唱されている。長時間走れる体になった人類は、足の速い肉食動物が狩りをする後を持久走で追いかけていき、獲物の肉を横取りして食べていたというのだ。ワーキングメモリーをフル活用しながら持久走狩猟をすることで脳を刺激し、肉を食べることでタンパク質を吸収し、さらに脳が肥大化する――つまり、走ることで人類は脳を進化させてきたというわけだ。

この説を支持する研究者も増えてきている。走ることが、ヒトをヒトたらしめたとするなら、我々現代人も走ることを放棄してしまってはいけないはずだ。

もちろん、難しく考えすぎる必要はない。ただ、道に出てゆっくりと走りだす。それだけでいいのだ。脳のため、これからの人生のため、まずは一歩を踏み出してみませんか?

(京都大学名誉教授・医学博士 久保田 競=監修 柳橋 閑=文)