地中海最大の島、シチリア。そこでの時間の流れ方は日本とは全く違う。(PIXTA=写真)

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10月半ば、私の畏友である佐賀新聞社長、中尾清一郎さんと一緒にイタリアを訪問した。

訪れたのは、ローマとシチリア。中尾さんはイタリアが大好きで、その文化と歴史に造詣が深い。中尾さんがローマを訪れるのは、なんと41回目だという。その学識に触れながらかの地を旅するのは、本当に楽しかった。

私のイタリア経験は、まだまだ。ローマを訪れるのは2回目、シチリア島は初めてだった。ローマの空港からシチリアに飛び、外に出ると、10月とはいえ強い太陽が照りつけ、ああ、南に来たのだなと思った。

シチリアの歴史は、波乱に満ちている。中尾さんによれば、シチリアの不幸は、長きにわたって「島から収奪する」ことしか考えない支配者たちによって統治されてきたことだという。

過去という原点があって、続く今がある。地中海最大の島であるシチリア。その発展は、イタリア本土に比べると遅れ、教育や仕事の機会も十分ではないのだという。

映画『ゴッドファーザー』で、シチリアが「マフィア」の島だというイメージがすっかり定着した。近年では、政治とマフィアの癒着などの根絶が図られているというが、島の「近代化」という意味においては、まだまだ課題が多いようだ。

しかし、だからといって、生活に味わいがないというわけではもちろんない。島の人たちの表情が、意外にも明るいことに強い印象を受けた。パレルモの街を歩いていても、行き交う人から漂ってくる空気が、温かい。時間に追われて仕事をしている東京やニューヨーク、ロンドンといった大都会とは、異なる「幸せ」のあり方がそこにあるように感じた。

現地の方に話を聞いて、驚いた。「シエスタ」の風習がまだ健在で、お昼休みに約2時間、人々が家に帰るのだという。「必ずしも昼寝をするのではないのですが、家族と一緒にゆっくり食事をするのです」。

それだけではない。公務員の中には、午後2時くらいには仕事が終わって、家に帰ってしまう人も多いのだという。

「朝9時くらいに来て、お昼休みもなしにずっと働くのです」。実質5時間労働。東京での自分の日常を振り返ると、めまいがする。

「幸福」が、社会の発展のものさしとして注目される中、経済成長が幸せに必ずしもつながらないことは皆、気づき始めている。それにしても、あまりにも強烈に違うシチリアの生活に触れて、改めて幸福の方程式について考えざるをえなかった。

ヒントは、シチリアの食生活の中にあるのかもしれない。「搾りたて」だというオリーブオイルは、目が覚めるくらいに美味しかった。高速道路のパーキング・エリアのカフェでさえ、パスタを、客の注文を受けてからフライパンで1つひとつ作り始める。

「食」については、大量生産、大量消費が必ずしも「質」に結びつかない。スロー・フード運動でも指摘されているその「真実」を、シチリア島で改めて目の前に突きつけられた気がした。

地中海に、私たち日本の生活とは異なる原理で動いている人たちの島がある。そして、そのライフスタイルは、なかなかに魅力的である。

シチリア島にはまって、何度も通う人も多いという。低成長からなかなか抜け出せない日本の私たちにとって、大いに気になる「オルタナティブ」な生き方が、シチリアにあった。

(茂木健一郎 PIXTA=写真)