クルマと映画 - 英国車のスピードを愛した作家、フランソワーズ・サガン

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フランソワーズ・サガン。

その名を知り、同時代の親しみや甘酸っぱい思いを共有できる人は、ひょっとしたら芥川賞を最年長で受賞した、『abさんご』の黒田夏子氏のような世代の人たちかもしれない。

2008年に公開された映画『サガン 悲しみよこんにちは』では、シルヴィー・テスチュー演じるサガンの華麗でドラマチックな人生が描かれるとともに、彼女の愛した車も登場する。

1935(昭和10)年に生まれ、18歳でフランスの文壇にさっそうとデビューしたサガン。

デビュー作『悲しみよこんにちは』は、初版印刷部数3,000部ながら、わずか2週間で8,000部売れた。

版を重ね、アメリカで出版されるや、15万部を突破する大ヒットとなった。

一躍有名人になった18歳のサガンが求めたものは、「世界一速いクルマ」だった。

一説には、「跳ね馬」フェラーリだったという説もあるが、実際に彼女が選んだのは「ジャガーXK120」。

裏地がタータンチェックのバーバリーのコートを愛用し、ウイスキーを好む彼女がイギリス車を選択したことは、当時、イギリス車が世界をリードしていたことを示すだけでなく、後に「正しい選択だった」と言われる事態も引き起こす。

パリ・カルチェラタンで開催された『悲しみよこんにちは』の批評家賞受賞パーティーにも、サガンは愛車ジャガーで登場した。

ナンバーは「FS75」。

彼女の名前フランソワーズ・サガンの頭文字と、パリの郵便番号と共通する「75」を組み合わせたものだ。

最近は様変わりしつつあるが、フランスでの車のナンバーは、日本での「品川」「横浜」「長野」のようには書かれていない。

2桁の数字で表示されていて、それは5桁あるフランスの郵便番号の上2桁を使用しているのだ。

だからプロバンス地方を走っていても、「75」が付いていればパリの車とすぐわかるし、シャンゼリゼの凱旋門のロータリーを周回している車のナンバーが「06」だったなら、「南フランスのニースあたりからやってきたおのぼりさん」ということになる。

車のナンバーを見ただけでお里が知れてしまうのは、フランスも同じだ。

いまから60年ほど前は、大西洋をまたぎ、パリからニューヨークまで空を旅するのに14時間かかった時代。

これは現在、日本からニューヨークまでの直行便が要する時間ととほぼ同じだ。

当時のスピード感覚は、現代の半分ほどだったと考えてもいいかもしれない。

1957年。

22歳のフランソワーズ・サガンは、自らハンドルを握っていたアストン・マーチンで自動車事故を起こし、瀕死の重傷を負う。

事故当時のスピードは時速170km以上だったという。

もしこのとき、サガンが運転していたのがフェラーリだったら、彼女は即死だったのではないか……。

そんなことがささやかれるようになり、あのときイギリス車を選択したことへの正しさが、当時評価された。

生還したフランソワーズ・サガンはその後も小説を書き続け、結婚と離婚を繰り返しながら、車を愛し続けた。

その中にはフェラーリも、フランス車のルノー・ゴルディーニ24Sも含まれていた。

酒とドラッグ、最後は借金漬けにまでなってしまったフランソワーズ・サガンは、2004年に69歳でこの世を去った。

彼女が好んだ音速のコンコルド機も、もう飛ぶことはないだろう。

だが、サガンが愛したイギリス車はいまも、18歳だった彼女がさっそうとハンドルを握っていた頃と同じように、パリのサンジェルマン大通りを走っているはずだ。