『アニメミライ2013』新宿バルト9ほかにて上映中 (C)千明孝一/株式会社ゴンゾ/文化庁 アニメミライ2013 (C)吉成 曜/株式会社トリガー/文化庁 アニメミライ2013 (C)吉原達矢・山口 優/有限会社ZEXCS/文化庁 アニメミライ2013 (C)立川 譲/株式会社マッドハウス/文化庁 アニメミライ2013

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時代劇、SFアクション、魔法少女、サスペンス……。アニメーション制作会社のゴンゾ、トリガー、ZEXCS(ゼクシズ)、マッドハウスという日本を代表する4社が競演するプロジェクト「アニメミライ」。全国18館の劇場で3月2日より劇場公開されているこの作品群は、文化庁の若手アニメーター育成プロジェクトから生まれたものである。2010年度(当時の名称は「PROJECT A」)からはじまったこのプロジェクトにはどんな狙いがあるのか。プロジェクトの中心人物おふたりに話を伺った。

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■日本のアニメーションが抱える危機感からはじまったプロジェクト

――この「アニメミライ」のプロジェクトがはじまったきっかけはなんだったのでしょうか?

佐伯 もともとのはじまりをたどりますと映画分野の振興というところから振り返らないといけない。ただ、みなさんに一番わかりやすいきっかけは文化庁メディア芸術祭(※1997年より毎年実施)ですね。

メディア芸術祭は大変人気がありまして、2007年から国立新美術館で開催することで入場者数も増えました。そういうメディア芸術祭がフォローする分野も、文化庁としては大切にしていかなくてはいけない、と。そういう背景があって、4年前(2009年)の麻生政権末期に「国立メディア芸術総合センター」設立構想が立ち上がったんです。あれは大変話題になりましたよね。「国立マンガ喫茶をつくるのか」「アニメの殿堂をつくるのか」といった議論が起きて、結果として政権交代ののちに民主党政権下でなくなってしまったんです。でも、コンクリート(建築物)はダメだけど、「ヒューマン支援」と「ソフト支援」をはやろうということになりまして。

今回のアニメミライは、その「ヒューマン支援」の一環なんですね。「ヒューマン支援」は(今回のアニメミライのような)商業向け若手アニメーターの育成のみならず、アート系アニメーションでの支援もしておりまして。海外の若手アニメーターを日本に招へいしてアーティスト・イン・レジデンス(※日本に滞在して作品をつくること、「アニメーション・アーティスト・イン・レジデンス東京」)をしていただいくというような2本柱で進めているんです。

――整理すると「メディア芸術祭」による注目が高まるなか「国立メディア芸術総合センター構想」が民主党政権下でなくなり「ヒューマン支援」が残った。そこで商業系アニメーションとアート系アニメーションの人材育成を進めている。ということですね。

佐伯 そうです。ただし、商業系アニメーションの人材を育成するといっても、我々にそんなノウハウはない。何が一番有効かを考えたときに、当時新聞をにぎわせていたのが「商業系アニメーターの給料が安い」ということでした。「月3万円〜」なんて報道もありました。その問題意識を持って活動している組織が日本アニメーター・演出協会(JAniCA)さんだったんです。ちょうどそのころにできた……といっていいですよね?

桶田 立ち上げ自体が2007年10月、法人化は2008年。東京大学でシンポジウムをしたのが2009年5月ですね。

佐伯 そうですね。あのころにJAniCAさんと接点ができたんです。文化庁は「進めたい」と思っても、その分野に精通するスタッフがいなければなかなか動かせない。問題意識を持っている業界の方から提案を受け検討するなかで動き出すものだと思っています。アニメーションの業界団体には、各プロダクションの経営者の方々が集う日本動画協会(AJA)さんもいらっしゃいましたし、JAniCAさんはどちらかというと現場のクリエイターさんの集まりでした。そしてJAniCAさんは、自分たちの後継者が育たなくなってしまうのではないかという危機感をお持ちだった。

文化庁とJAniCAさんがキャッチボールをしながらたどり着いた案が「アニメミライ(若手アニメーター育成プロジェクト)」の原案だったということです。要するに、危機感を感じていらっしゃる方と我々(文化庁)ができることを組み合わせていった。そういうことです。

■20代〜30代のアニメーターが育っていないという現場からの声

――いま、お話いただいた危機感についていくつかお伺いします。当時JAniCAさんが感じていらした危機感にはどんなものがありましたか?

桶田 私がJAniCAに関わったのが2008年1月からで、私はJAniCAの発足そのものには関わっておりません。2008年1月に関わったときにJAniCAの主だった方々に「どんな危機感を感じていらっしゃるのか」と同じような質問を私がすると、大きく2つの答えがありました。

ひとつの意見は監督や作画監督をされている、つまり現場の棟梁のような立場の40代半ばから50代の方々によるものです。彼らは「自分たちの下の世代が育っていない」ということを問題にされていました。中には「自分たちは『(宇宙戦艦)ヤマト』世代だから人数が多いけれど、劇場版を制作するとなるとどの作品も同じような面子がぐるぐると回っていて、20代〜30代のスタッフが塊としていない気がする。なんとかしないと作品がつくれない」という意見でした。

また、もうひとつの意見はまったく違う方向性の違う意見でして「現在のアニメを支えてきた、東映動画の作品やタツノコプロ初期作品を手掛けてきた現在60代〜70代の現役を退いてしまった仲間が食うに困っている」と。「自分たちには何の権利もないから、リバイバル上映があったとしても何の見返りもない。そのあたりを何とかしたい」という意見がありました。これは同世代のシンパシーをお持ちの60代〜70代の方々からの意見でしたね。

――その2つの危機意識はなかなか相容れない印象がありますね。

桶田 上の世代の方々が希望しているものは、アニメーター同士が団結して社会に訴えていくというものでした。また下の世代の方々は、制作会社や放送局などと調整することで歩みをそろえていきたいという意見だったんです。

JAniCA前代表のヤマサキオサム氏は、既にご自身で経済産業省に足を運んでいろいろと検討されていたということでした。私が意見をお聞きして、最初に相談したのはどちらの方針をとりますか、と。その結果、2008年の春ぐらいに各社・各省と協力姿勢をとって後進育成をまずしましょう、ということで方向が決まったんです。それに則って、文化庁をはじめとした皆様へご挨拶するところからはじまったのです。

――「若手アニメーター育成事業」が「作品をつくる」かたちになったのはどんな経緯があったのですか?

桶田 幸運なマリッジ(結婚)がありまして、2009年5月に東大でシンポジウムをやったことをきっかけに、文化庁さんをはじめとしていろいろな方々から様々な機会をいただきました。

当時の国立メディア芸術総合センターを建設するにあたり、JAniCAからも具体的なご意見を差し上げようということで「センターの中に制作現場をつくれないか」という話を差し上げたことがあったんです。当時「センターの中身がない」ということが問題となっていたので、いわゆる「アニメ制作の虎の穴(※『タイガーマスク』に登場するプロレスラー養成機関)」みたいな場所がつくれないかという考え方ですね。

若手のアニメーターが集い、ひとつの作品をつくり、その後それぞれの現場に散っていく、というような。そこで作品を先行公開したり、コンテや原画、背景などの仲介物が残る場所になればいいだろう、と。そういう提案を差し上げたのが2009年の7月ですね。

佐伯 文化庁はすでに(2006年から)実写で「若手映画作家育成事業 ndjc」を実施していました。選ばれた5人のアマチュア以上プロ未満の若手監督がプロフェッショナルなスタッフとともに35ミリの短編を撮るプロジェクトです。その構造をそのままアニメーションに落とし込むことができるのではないかと、思いました。

作品をつくることで人が育つ、技術や精神の継承が行われる、というのは間違いのないことですから、あとは体裁を整えればなんとかなるだろうと思っていました。ただし、我々にとっては作品をつくることが目的ではなくて、人を育てることがあくまで目的です。

桶田 このバックボーンには2つのものがありました。

ひとつは2003年度から経済産業省さんが実施していた人材育成事業です。この取り組みは日本動画協会を中心に、専門学校や大学の方を対象に講義をして、その中で有望な方については、更に各制作会社にインターンシップとして送り込むというものでした。ただ、報告書等に拠れば、育成対象者がアニメ業界に入らなかったり、入ってもスタジオに定着しなかったり、またアニメ業界に居つかなかったりして、なかなか難しいところがあったようです。このことから、業界に入る前後の学生や新人を扱うのは、離職率も高く、難しいという判断がありました。

もうひとつは、労働政策研究・研修機構という研究機関が2005年に出された「コンテンツ産業の雇用と人材育成― アニメーション産業実態調査 ―」という論文です。そこには、アニメーション業界はクリエイティブな分野なので、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=現場で教育を受けること)の中で人材を発見していくことが最も効率的だ、という内容がありました。これらを論拠として、「作品をつくることで新人を育成する」という流れになりました。

■アニメーターが育っていた時代のスタジオを再現する

――「アニメミライ(旧 PROJECT A)」は公募による4作品を選んでいますね。その選考の基準はどんなものがあるんですか?

佐伯 どんな作品が応募されるかによりますね。その都度、その都度、選定・評価選考委員の方々と真剣に議論しながら、というのが実態です。もちろんクオリティが高そうなものや、教育についてきっちりとしているものが注目を集めますが、これといった基準はないですね。

桶田 初年度(2010年度)は16作品、2年目(2011年度)は11作品、3年目(2012年度)は18作品の応募がありました。

基本的なレギュレーションは公開されている通りですが、最終的には外部の選定・評価委員の方々が決定しますので、それぞれの方々の視点や立場から検討されています。選定・評価委員がプロデューサーの方であれば企画の面での魅力を重視されますし、アニメーターの方々は作品内容がアニメーターの育成に適しているかを重視されています。また、皆さん選ぶ作品が4作品ということで、その作品の並びみたいなものも考えていらっしゃるようですね。

佐伯 並びはありますね。でも、おのずとバラエティが豊かになっていますよね。結果論として、すごくバラエティに富んだ作品が選ばれていると思います。

桶田 レギュレーションについて解釈が揺れたときに、こちらから意見を申し上げることはありますが、JAniCAも文化庁も企画選定には基本的には介入しません。

2011年度は「しらんぷり」のような作品があって、アート系に近づいているなどと言われましたし、2012年度は商業的な作品が多いと言われたりもするのですが(笑)、別に誰かが強い舵を切ったつもりはないんです。

佐伯 自然とそうなったんです。いつも私は申し上げているのですが、目的はあくまで若手アニメーターを育てることであって、極論ですが作品はあくまでその育成のプロセスを経た成果物なんです。作品は良いに越したことはないのですが、良し悪しは第一義的には考えていないんです。これはあくまで極論ですけれども(笑)。そこで育った人が次回作で腕を振るったり、講習会で出会った人たちと次の作品をつくる、そうやって次に続くことや次に続く場をつくることが大事だと思っているんです。

育った人が次を生み出すという、性善説に則ったプロジェクトなんですね。

――作品をつくる制作工程にレギュレーションは決めているのがとてもおもしろいですね。スタッフを3ヵ月拘束し、就労時間も朝9時ころから夜6時ころまでの間の8時間と決めていたり、海外の動画会社を使わず国内制作に統一するといったルールがこのプロジェクトの特徴だと思います。

桶田 それぞれのレギュレーションを策定した意図については、アニメミライのホームページにある計画書をご覧になると、そこにすべて詳細に記載されております。

要点をかいつまんで説明させていただきますと、1次目標は参加している若手たちを育成するにはどうしたらいいかということですね。今回は25名の若手が参加しています。彼らがしっかりした技術を身に着けるためには、教えてくれる先輩が身近にいて、ほかの作品と掛け持ちをするのではなく、しっかりと作品に打ち込む時間があるということが大事だと考えています。

言い方を変えると、「アニメミライ」のレギュレーションは、かつての東映動画(現・東映アニメーション)の現場を強制再現することを目標としています。書物などを読むと、「白蛇伝」「わんぱく王子の大蛇退治」や「太陽の王子ホルスの大冒険」といった作品をつくっていた現場は、監督から動画制作までがひとつのプロジェクトルームにいて、スタッフたちが議論や教育をしながらひとつの作品を企画から完成まで延々とつくっていたという記述があるんです。そのなかから宮崎駿さんや高畑勲さんが輩出されたわけですよね。

近年、制作能力の向上が著しいスタジオの代表格として、京都アニメーション(代表作「涼宮ハルヒの憂鬱」「けいおん!」)さんにヒアリングに伺ったことがありますが、彼らはそういったことがすでにできておられました。

そこで、選ばれた4作品をつくる4スタジオ、4人のプロデューサーをいくつもの作品制作に追われる日常から解き放ち、適正な環境で集中して作品づくりをすることで、悪貨が良貨を駆逐する状態を巻き戻すことはできないかと考えたんです。

■アニメーションの業界全体を変えていくことが目標

――プロジェクトがはじまって3年目、まだ実績が出るには早い時期かもしれませんが、何か手ごたえを感じているところはありますか?

佐伯 まず自分の立場からひとつだけ言えることがあるとすれば、1年間の育成が終わり、その成果として作品が発表された、そこでプロジェクトは終了するんです。

ところが、アニメ作品はその後も作品が上映されたり放映されたり、Blu−rayディスクで販売されたりする。そうやってプロジェクトが広がっていき、こうやって取材を受けるまでになっている(笑)。こんなふうに我々が注目されていいのだろうか(笑)と。そういう広がりの大きさを感じているところです。

桶田 実績的な部分も去年(2012年)の7月に、初年度と次年度に参加した若手の方へ追跡調査を行っております。初年度と次年度で合計55名の若手の方が参加していらっしゃったのですが、その時点で業界を去った方は3名、52名は稼働していました。その中の3分の1は劇場版作品の作画監督補やTVシリーズの各話作画監督として活躍されているようです。

正直言いまして、比較対象がないものでこれが良い結果なのかはわからないのですが、まあ悪くはないだろうと考えております。

――参加スタジオの方から、反響をいただいたことはありますか?

桶田 私たちが申し上げたのでは信憑性を欠きますが(笑)、参加したスタジオの方からも「スタッフが見違えるように成長した」といったお話を伺ったことがあります。

あと今年の試写会のあとに、打ち上げの三次会があったのですが、仕上げのスタジオの若手スタッフの方から「去年参加できなくて悔しかった。参加したスタッフが上手くなっていてうらやましくて、今年こそ参加したいと思っていた。今年参加できてよかった」というご意見もうかがいました。

――今後の「アニメミライ」の展望をお聞かせください。

桶田 毎回20名〜30名前後の若手を育成しておりますが、アニメーションの現場の全体状況を変えるに至るためにはまだまだ人数が少ないと思っています。蟷螂の斧かもしれませんが、毎年4社に参加していただくことで業界の意識や慣習そのものを変えていくことはできないかと考えております。そちらがむしろ本命かな、と。

佐伯 これは業界全体の問題なんですよね。アニメーションに力のあるうちに、自分たちで業界を支える力を持つということが大事だと思っています。こういうプラットフォームに参加することで、危機意識を持って行動していただくことが大事だと思っています。

――ありがとうございます。さて「アニメミライ2013」もいよいよ公開がはじまっております。今回はゴンゾ「龍 –RYO-」、トリガー「リトル ウィッチ アカデミア」、ZEXCS「アルヴ・レズル」、マッドハウス「デス・ビリヤード」という4スタジオ・4作品がラインナップしています。お2人の印象をお聞かせください。

佐伯 今回、4作品ともテイストが違うんですよね。ただ、プロダクション名を見ると、アニメをお好きな方だったら想像がつくんじゃないかと思うんです。その個性の競い合いがとにかく楽しかったです。

「リトルウィッチアカデミア」はこんなに動かすのか! と。アニメーションならではの実験精神がおもしろかったです。「デス・ビリヤード」はスリリングな一幕もののおもしろさがありました。「龍- RYO-」は時代劇なんだけど、これから何かがはじまるぞという予感を感じさせてくれました。「アルヴ・レズル」も続きが見たくなるつくりになっていましたね。

桶田 若手の原画マンの編成がそれぞれ興味深いんです。

ゴンゾさんには他社で経験を積んだ若手が結集している。トリガーは若手ですが、TVシリーズの各話作画監督経験もある若手を集め、吉成曜監督という凄腕のアニメーターが指揮している、いわばトップガンともいうべき状態、ZEXCSは若手と中堅の混成編成で挑んでいて、マッドハウスは6人中5人が初原画という新人中心の編成。

様々なチームが困難を乗り越えながら、あれだけの素晴らしい作品をまとめあげてくださった。その現場の力を感じてもらえればと思っています。

佐伯 アニメーションの作品の幅広さを私たちも再確認しましたね。

日本のアニメーションにはもともと力があると思います。才能を持つ人たちはたくさんいる。その人たちを元気づけるプロジェクトになれば良いと思っています。育成とは、これからも長く続けていかなくてはいけない仕事なので、実績も長い目で見ていきたいですね。

いま、TVシリーズや劇場版作品を手掛けるアニメーション業界はフリーランスのスタッフが主体になっている。作品ごとにスタジオにフリーランスのスタッフが集結し、作品制作が終わると解散するというかたちを取っているのだ。

1年間におおよそ200本といわれるTVアニメーション(放送本数)、50作前後といわれる劇場版作品(2012年は64作品)の中で、彼らは腕を磨き、成長していかなくてはいけない。「アニメミライ」のような試みが、フリーランスの若手スタッフの新たな土壌となり、梁山泊のように腕を磨く場になれば、アニメーションに大きな可能性を生み出すことだろう。

「アニメミライ2013」公式サイト [http://animemirai.jp/]

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