『ベラミ』モーパッサン・著 中村佳子・訳/角川文庫
文学作品の中でも古今東西イケメンがもてはやされてきた。『源氏物語』は高貴なイケメンの恋愛遍歴。『人間失格』は悲観的なイケメンの堕落。そして本作『ベラミ』は鬼畜イケメンの出世物語。絶版だったモーパッサンの名作が映画化を期に新訳で復活! 3月9日からヒューマントラストシネマ渋谷より全国順次公開予定。

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密かな19世紀フランス文学ブームが起きている。ヴィクトール・ユゴー原作の大ヒット映画『レ・ミゼラブル』に続き、モーパッサンの長編小説『ベラミ』が映画化された。3月9日よりヒューマントラストシネマ渋谷より全国順次公開予定である。

それに合わせて32年ぶりに『ベラミ』の新訳が角川文庫より出版された。モーパッサンはユゴーの一世代後に生まれた、『脂肪の塊』などで知られるフランスの大文豪である。しかし、その文名の高さ故に敬遠している人も多いのではないか。

もしそうだとすれば誠に残念である。そもそも『ベラミ』とは「美しい恋人(Bel-Ami)」という意味。ギャルゲーもびっくりのハーレム物語なのだ。現代風にアレンジされて読みやすくなった本作品の魅力を少しでも伝えたい。

舞台は19世紀末のパリ。主人公の青年デュロワは鉄道会社のしがない一社員だ。ビール一杯と食事を天秤にかけながら給料日までの生活費を計算する日々。
華やかな夜の街を恨めしそうに歩く彼は旧友フォレスチエに偶然遭遇する。見違えるように立派になった友人は新聞社で政治部の主筆を務めていた。フォレスチエは主人公の困窮を見かねて新聞社の下っ端調査員として雇ってくれることになる。女にモテることだけを頼りに社交界を駆け上がる彼のめまぐるしい出世街道が始まる。

ずばり、男の憧れ。彼はその美貌とセックスで女たちを虜にする。野心のためなら不倫してでものしあがる。これが本書の特色であり一番の魅力。以下にその名エピソードをご紹介しよう。

1.仕事は女にやってもらう

そもそも格別な文才も編集者としての能力もない主人公。初めての原稿はうまく書けない。
そこで旧友の家で助けを乞う。

「それがその……その……記事が書けなくてね――それで、ここに来たんだ……きみの力をちょっとだけ借りたくて……」

もじもじとはにかむ彼に、フォレスチエ夫人はうっとり。結局彼女に記事をほとんど代筆してもらう。ちなみにこのエピソードのすぐ後で、フォレスチエに仕事の事で小言を言われたデュロワは、「見てろ、借りは返す――お前の女房を寝取ってやる」と心の中で決意する。

2.恋人からお金をもらう

恋人のド・マレル夫人と遊びほうける主人公。散々借金を重ねるが、遊ぶお金は底をつく。デートに誘うド・マレル夫人に、初めは気が向かないからと言い訳するも怒り始めた彼女にしぶしぶ告白する。

「ようするに、金がない……そういうわけだ」

恥ずかしさ顔を真っ赤にしながらポケットをひっくり返し金欠をアピール。母性本能をくすぐられたのかド・マレル夫人、彼の首に飛びつく。あら、なんてかわいそうなの。とっさに父の困窮を救うためと嘘をつく主人公に彼女は首ったけ。デュロワのポケットそっと金貨を忍ばせるのだった。

3.セカンド・ヴァージンを奪う

フォレスチエ夫人から出世のためには社長夫人に媚びを売るよう勧められた主人公。何を勘違いしたのか彼女を本気で口説きにゆく。厳格なクリスチャンである社長夫人は大混乱。結局ベラミの魅力に負けて不倫してしまう。40代まで本物の恋を知らずに生きてきた夫人。突如やってきた人生の春を迎え小娘のような甘えん坊になってしまう。だいちゅき、ちゅっちゅっ!状態になった夫人に対しデュロワは大幻滅。

「ああ、その話はもう何十回と聞きました。でもあんた、ふたりの子持ちでしょう……つまり、おれはあんたの処女なんぞ奪っちゃいないんです」

夫人と一切の連絡を絶ったデュロワ。諦めのつかない夫人は、なんと社長の関わる秘密の株式操作の話を教えることで気を引こうとする。苦い顔をしつつその話だけには乗り、何万フランも儲けるのだった。

いかがだろうか。なんの罪悪感も待たずに次々と女性をものにする主人公。
そしてついに社長令嬢まで標的とする。この世間知らずの美少女をものにできれば、もれなく次期社長というわけだ。令嬢との愛の逃避行を目論むデュロワ。恋人を娘に盗られる社長夫人。そしてその他数々の嫉妬に燃える女たち。錯綜する愛と野望の渦の中、果たして彼の運命やいかに!

このように「生と性」の躍動する本書だが「老いと死」もまた裏のテーマとして重要だ。作中には新聞社で文芸を担当するノルベールという老詩人が登場する。これは明らかに作者であるモーパッサンがモデルである。社長主催のパーティが開かれた夜、ノルベール老人はデュロワに語りかける。

「そしていま、わたしはなにをしているときにも、自分が死につつあるのを感じている。――呼吸し、眠り、飲み、食べ、仕事をし、夢を見る。そうした我々の行いのすべてが、死ぬということなのだ。生きるということは、結局、死ぬということなのだ!」

前途洋々たる若きデュロワの前に広げられたぽっかりとあいた大きな穴。彼はもちろんまだ死を理解することはできない。しかし忍び寄る死の幻影はこの作品世界に奥行きをもたらす。単なる非道な色男の出世物語が、一転して人生の空しさを漂わせるようになるのだ。

失敗しても成功してもいつかは死ぬだけ。ああ、無常。(HK 吉岡命・遠藤譲)