田崎正巳氏

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断捨離(だんしゃり)という言葉をご存じだろうか。断捨離とは、一言でいえば「過去に溜め込んだ、家のなかや身の回りにある不要なモノを捨てて、身も心もすっきりさせよう」という意味である。私はモンゴル赴任中に、友人のサイコセラピスト川畑のぶこさんのブログでこの言葉を知った。

司馬遼太郎氏が著書の中でモンゴル人のことを「奇跡的なほど、物欲が少ない」と書いていたが、私自身もモンゴルの田舎に行ったとき、遊牧民が今もゲルと呼ばれる移動式住居に住んでいて、余計なモノは一切持たずに、年に数回移動しながら生活していることに驚いた。信じられないほど物欲がない彼らの関心は、家族や自然、家畜などに向き、モノではなく心を満たすことで幸せを感じているように見えた。

私はその姿を見て感動し、これこそ断捨離思考ではないかと感心した。余計なものを持たずに本質的に必要なことだけで勝負するというのは、経営戦略の基本でもあり、断捨離思考はビジネスにも必要なことだと思った。

本質的なものに競争優位の源泉があるということは、それ以上はいらないということである。個人でいえば、人脈やインターネット検索などがそれに当たる。人脈は、知り合った人の数を競うのではなく、強い信頼関係に基づいた人との関係が、「人脈」になりうるのであり、それ以上は単なるネットワークでしかない。ネット検索で手に入る情報は特別な情報ではないから、むしろ「人」が頭の中に持っている情報にいかにアクセスするかが重要なのである。

■積極的に過去を捨てて、チャレンジする意味とは

このように、過去の人脈や経験に囚われないことによって人間の思考力は磨かれる。なぜそう考えるかという前提として、そもそも、現代のビジネスパーソンは昔とは異なるビジネス環境に置かれていることが関係している。

かつて就職はイコール就社だった。ところが、一流企業に入っただけで一生安泰という時代は終わり、自分の意思や願望とは関係なく、合併や買収などによってビジネス環境はめまぐるしく変化している。そうしたなかで大切なのは、社内における自分の地位や社内だけで通用する「ウチのやり方」ではなく、会社という枠をすべて取り払ったとき、自分にどれだけのスキルがあるか、ということだけである。

どこにいっても通用するスキルとは問題解決能力である。まず、何が問題なのかを発見し、最も正しい解決策を見つけ出し、それを実行できる能力のことだが、長年同じ仕事を続けていると、人間はどこに問題の本質があるかを見極める能力がしだいに低下してきてしまう。また、ひとつの経験が深くなってくればくるほど、新しいことを学ぶ能力も落ちてくる。

一般的に、大企業の部長職が転職する際、新しい会社で学習能力がなくて苦労するという話を耳にするが、それは過去のひとつの会社での経験だけに依存してしまい、まっさらな状態でゼロから新しいことを学ぶことができなくなっているからである。

そうしたことから、私は問題解決能力や学習能力、思考力を磨くためには、積極的に過去を捨てて、新しいことにチャレンジすることが一番よい方法であると思っている。

では、積極的に過去を捨てるにはどうしたらよいのだろうか。そのために今勤めている会社を辞める必要はなくて、同じ会社でも、東京勤務から地方の営業所勤務を願い出てみるとか、あえて赤字部門に出向してみる。その会社の名前すらほとんど知られていない新興国などは、もっともよい赴任先といえる。あるいは、開発担当から営業担当に異動してみるということだけでも、仕事内容は180度変わり、驚くほど目が見開かれるようになる。

また、もし部署を替われなくても、地域の活動に参加してみたり、趣味の会合に出てみたりするだけでも、新しい組織体系や、自分が予想もしていなかった手法を知る機会になる。

つまり、新しい能力を開発して思考力を身につけていくためには、過去の経験を捨て、過去が通用しない世界に飛び込んでみることなのである。

そのとき「自分はここでこういう能力を身につけたい」という明確な目標を持つようにしよう。そうすることで、過去に経験したAでもBでもなく、新たなCという方法を見つけ出すことができるようになり、どこにいっても通用する普遍的な能力を身につけることができる。そうすれば、もしある日突然、ビジネス環境が変化したとしても、生き残れる「しぶとさ」が身につくはずである。

■不要なモノを捨てると、大切なことに気づく

具体的にはどんなことを捨ててキャリアを築いていけばよいのだろうか。年代ごとに考えてみよう。20代は自分の力をつける時期なので、とにかく現場を経験することが大切である。好き嫌いに関係なく、何事にも貪欲にトライしてみる。先入観や既成概念を捨て、将来、それが仕事の役に立とうが立つまいが、自分の可能性を狭めずに仕事や興味の範囲を広げることが逆に将来につながっていく。

30代は20代で経験したことや自分の希望、実力などを鑑みて、得意分野、得意技を絞り込んでいくことが重要である。20代で経験したすべてのことを自分の強みにすることはできないので、そこで一度、何が必要で何が必要でないかを熟考してみる。そして、自分の仕事の意味合いを理解することも必要だ。20代のときのように目の前の仕事に没頭するだけでなく、自分の仕事は全体のなかでどういう位置づけにあるのかを理解し、推し量る時期でもある。

40代はそれまでに培った強みを実戦で生かし、いよいよ成果を出していく時期である。会社も顧客も、この年代に期待するのは素質や伸び代ではなく、きっちりと結果を出せる能力である。40代がビジネスパーソンにとって最も大変な時期といえるが、私欲を捨てて仕事に邁進すべきである。

50代以降は仕事を次世代に引き継いでいく時期。個人の手柄を捨てて、それらを部下に渡そう。この年代になると、部下がどれだけあなたを支持してくれるか、どれだけのリーダーシップを発揮できるかがあなたの評価につながる。部下に仕事を少しずつ引き継ぎ、プライベートライフの比重を上げていく時期でもある。

このように見ていくと、一見まったく違った生活をしているモンゴルの遊牧民と、日本のビジネスパーソンの断捨離には共通点があることがわかる。それは、自分なりに幸せの指標を持つことが最も大切であるという点である。

冒頭で物欲が少ないモンゴル人の話をしたが、近年は資本主義の導入で競争原理が働くようになり、国民の半分近くが都市部に定住するようになった。その結果、モノを持つようになり、人々は物欲の塊のようになりつつある。都市部ではモノが幸せの指標となったので、他人が得たモノをうらやみ、それと比較して、自分もモノを得られないと不幸だと感じる人々が増えてしまった。ビジネスパーソンでいえば、会社の同期と比べて早く出世したり業績を挙げたりしなければ、自分は幸せになれないと感じてしまうことに似ている。他人軸を気にし始めたとたん、自分の幸せの基準がわからなくなってしまうのである。

一方、断捨離上手な遊牧民はモノという指標がないから、他人と比べることがなく、すべて自分軸で行動している。これこそ究極の自己満足といえないだろうか。自己満足とは決して悪い意味ではなく、自分軸で、自分なりの幸せを感じるということである。

幸せの基準は1人ひとり、みな違う。不要なものを捨てることによって、最も大切なことに気づく。それが自分の幸福を築くことにつながるのである。

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田崎正巳
一橋大商学部卒業。IMD(スイス)PEDコース修了。味の素、BCGマネジャーを経て、欧州の投資会社アータルに入り、アータル・ジャパンを設立、代表取締役に就任。その後、ATカーニーのヴァイスプレジデントを経てSTRパートナーズ代表。著書『ビジネスパーソンのための断捨離思考のすすめ』。

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(田崎正巳 構成=中島 恵 撮影=TORA)