『閃光スクランブル』加藤シゲアキ/角川書店

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2012年1月、加藤シゲアキは第1長篇『ピンクとグレー』によって小説家としてのデビューを果たした。所属するグループ〈NEWS〉のファンだけではなく、多くの読書人にも祝福された、幸せな旅立ちである。幼なじみの2人、〈僕〉と〈ごっち〉がたどる数奇な運命を描いた『ピンクとグレー』は、芸能界という特殊な社会を描いた小説として十分な水準に達していた。2人は実のきょうだいではないが、まるで双生児のようにも見える個所がある。引き離された〈ダブル〉を描く心理スリラーの性格もあり、私は興味深く読んだものである。次回作を楽しみにしていた。

1年の後に刊行された待望の第2作が、『閃光スクランブル』である。同じように芸能界の内幕を描いた作品だが、風合いは前作と若干異なる。語り手を務めるのは2人の人物だ。1人は元カメラマンの巧、あることが原因で写真家の道を捨て、今は半端仕事で食いつなぎながらパパラッチのような真似をしている。標的を落とすたび、体にいれずみを入れるというのが自身に課したルールである。もう1人はアイドルグループMORSEの伊東亜希子、メンバーの1人・水見由香が「卒業」してしまったため、「センター」としての地位が揺らいで不安な日々を送っている。
その亜希子が唯一の心の支えとしているのが某大物俳優の愛人だった。巧がその情報を嗅ぎつけ、スクープを狙い始めたことから事態は大きく動き始める。

『ピンクとグレー』は、現実と虚構の間で引き裂かれていく芸能人の心境が繊細な筆致で描かれた点に特徴があった。後半で物語は大きく転回する。前半部で作者が丹念に主人公の内面を書き込んでいたからこそ、その大仕掛けが効を奏したのだ。自身が成長することの不安を描いた小説と読める部分もあり、心理描写こそが『ピンクとグレー』の肝であったと私は考える。
『閃光スクランブル』は、その前作と対称的にプロット重視の作品である。語り手が2人準備されていることから予想できるように、これは「ボーイ・ミーツ・ガール」の小説だ。嘱望された写真家としての将来を捨てなければならないほどの傷を心に負った巧に、浮沈の激しい芸能界の中で不安にさいなまれ、ときに自傷行為に走ることさえある亜希子。2人は同じような欠損を抱えた者同士である。どのような形で2人は顔を合わせることになるのか。それともすれ違いのままで終わるのか。前半部ではミスリーディングも仕掛けられており、予断を許さないままに物語は進行していく。また、本書にはアクションの要素も加わった。『ピンクとグレー』はどちらかといえば静的な印象があったが、作者はエピソードやアクシデントの連続で読者を楽しませるということにも挑戦している。

前作は〈別れ〉が主題といってもいい小説だったが、今作は〈出会い〉の物語である。1つ1つの要素が対称的であり、作者が現時点における手持ちの札を出し切ろうとしている態度が伝わってくる。個人的な好みを言えば「とにかく自分だけのオリジナルを書こう」という意欲が行間にあふれていた『ピンクのグレー』のほうが好きな小説だ。だが、「1人でも多くの読者に楽しんでもらおう」という態度の『閃光スクランブル』にも好感を持った。そうやって書き続けていくうちに、「自分だけ」もきっと見つかることだろう。望むならば、そのオリジナルは借り物ではなく、自分の世代だけのもの、加藤シゲアキだけが見ることのできるものであってほしい。背伸びをしてつかもうとしているものに、まだ今は指先が触れているだけという印象だ。しかし描き続ければ握りしめられるときはきっと来るはずだ。その日まで私は加藤シゲアキという書き手に期待し続ようと思う。
(杉江松恋)