ブラック企業は、日本経済が過去10年間で生み出した最大のイノベーションです。その“功績”は、最低賃金とサービス残業で正社員を徹底的に使い倒し、アルバイトを雇うよりも大幅に人件費を節約して驚くような低価格を実現したことです。

 もちろん、サービス残業は労働基準法に照らせば完全に違法です。それではなぜ、こんな法律違反が「法治国家」であるはずの日本で“放置”されているのでしょうか?

 ところで、法はあらゆる人間関係を平等に規制するわけではありません。

 店先のお菓子を勝手に取って食べれば万引きですが、友だちのお菓子ならいたずらです。法は人間関係が疎遠なほど強い影響力を持ち、近しくなるにつれて効力を失い、家庭内では民法や刑法が問題になることは(ふつうは)ありません。ここに、日本の会社の遵法意識がきわめて低い理由があります。

 日本では、会社は“イエ”と同じで、経営者と従業員(正社員)は運命共同体だと考えられてきました。社長と社員の関係が親子、上司と部下の関係が兄弟(姉妹)のようなものならば、家庭内には原則として法は介入できないのですから、どのような法律も守る必要はないことになります。違法体質は、日本の会社に特有のベタな人間関係から生まれるのです。

 しかしそれでも疑問は残ります。中国は日本以上にベタな人間関係でできた社会ですが、従業員はみな定時になるとさっさと帰宅し、無報酬で働くなどということは考えられません。それは中国人にとって、経営者と従業員はあくまでも他人同士で、人間関係の外にあるからでしょう。生活の面倒を見てくれないなら、奉仕するのはばかばかしいだけです。

 それに対して終身雇用を前提とした日本的雇用制度では、経営者は、いちど社員を採用すれば生涯(定年まで)面倒を見なければならないと強く意識します。子育てですら20年で終わるのに、新卒社員のこれから40年間の生活を考えるとき、とてつもなく重い負担感と同時に、それとは裏腹の支配意識が生じるのは当然です。会社という“イエ”の家長である経営者は、家族に対するよりはるかに強い服従を正社員に要求するのです。

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