AAC_mingei_head3_20.jpg



アーツアンドクラフツの生みの親、ウィリアム・モリス。彼が愛したものは、自然そのものがもつ繊細な色合いや手触り、時間の経過が素材にもたらす味のある表情、そして純粋に美しいものを創りたいという欲求からくる、普通の人々の誠実で妥協のない手作業、といったものでした。

彼のデザインの源はどんなところにあるのでしょうか。前回予告したジョン・ラスキンの紹介に先立ち、今回はまずそれを探ってみます。

「自然」と「中世」への憧れ

前回少し触れたように、モリスは特に壁紙やテキスタイルの分野で、自然をモチーフとした芸術的な作品を多く残しています。



hinagiku.jpg彼は家の近くの豊かな森の中で、花々や木の実や小鳥を観察しながらひとり空想に浸るのが好きな子供でした。



森で見つけた古い狩猟小屋の壁に掛かっていた、色あせた緑の樹のタペストリーに触った時に、少年モリスは心をわしづかみにされたといいます。その古い布が持っていた手触り、風化しかけた緑の色合い、おそらく小屋の中の匂いや森を抜ける風の音…彼にとってそれは五感すべてを揺るがす強烈な出会いでした。そしてこのイメージが、彼が胸に生涯抱き続けた「理想の住宅」の原点となったといえるかもしれません。



この少年時代に養われた、自然の色やテクスチャーへの豊かな感性、その多様性を愛する心が、のちの彼のデザインに見られる花々のみずみずしい描写につながっているのです。

272px-Notre-Dame.jpgもうひとつ、彼は幼い頃から「中世」の世界に強く心を惹かれていました。



中世が舞台の歴史文学にのめりこみ、おもちゃの甲冑をつけて遊び、9歳の時に訪れたカンタベリー大聖堂では「天国の扉が自分の前で開かれたかと思った」とのちに回想するほど感動しました。

大学に入ると彼はその中世の世界への情熱をますます深めていきます。そして、のちの活動の思想的な土台となったジョン・ラスキンの思想に出会うのです。

 

 

 

 

ジョン・ラスキンとは

ジョン・ラスキン(1819〜1900)は19世紀にイギリスで活躍した美術評論家、社会思想家です。彼はモリスだけでなく、フランスの作家プルーストやインドのガンジーなどにも影響を与えました。



John_Ruskin.jpg著書『ゴシックの本質』の中でラスキンは、中世の時代の職人たちと、単純作業で生計をたてる19世紀の工場労働者のおかれた労働環境を比較しています。



工業の機械化に伴い進んだ「分業」によって、労働者はクギの頭やピンの先だけをひたすら作り続ける、というような仕事をせざるを得なくなり、その結果人間そのものが分割され、残された知性では自分一人で1本のクギを作ることすらできなくなった—ラスキンはこのような言い方で、産業革命がもたらした変化に警告を発しました。

 



一方彼によれば、ゴシックの大聖堂の建設においては、実際に手を動かす労働者たちがたとえ下手でも自由に工夫やひらめきを働かせ、創造を楽しみながら自分なりの信仰心を表現し、その結果は常に尊重されました。このことは労働の喜びに不可欠であり、中世はそれが実現されている理想的な時代である、とラスキンは位置付けたのです。

 

gothic_detail.jpg



もともと中世の古い建物や物語への憧れを強く持っていたモリスはこの主張に大きな衝撃を受けます。彼はその後様々な活動を通して、このラスキンの思想を土台とした自らの理念を確立していくのです。



次回は、モリスがラスキンの思想を受け継ぎ確立した「理念」について探っていきます。彼は「労働」と「芸術=美を創り出すこと」が一体となっている社会こそ理想の社会だと考えました。彼にとって、美とはどのようなものだったのでしょうか。