日産自動車COO 志賀俊之氏

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■プレゼンに出没する影のようなオジサン

日産自動車には、忍者とでも表現できる“影”のようなオジサンがいます。影は、例えば何かの研修で20代の若手がプレゼンするときなどに、会議室の後ろのほうにさりげなく出席している。

「誰だろう」と、発表者も周りも最初は訝るかもしれません。このオジサンは「キャリアコーチ」と呼ばれ、将来日産のリーダーになる候補者を、若い人材から発掘するのが仕事。世界中の人事部と連携しながら、グローバルに活躍できる人を見出すのです。対象は、日本人だけではありません。プロ野球のスカウトマンにも、似ているでしょう。

今日もこれから、日本や欧州、アフリカなど出身の異なる5人の若手チームによる発表がありますが、影も出るのですよ。そして、チェックする。5人をです。

基本的には開発や生産、営業といった機能別、さらに日本や米国、欧州、アジアなどの地域別に人材を発掘していきます。キャリアコーチの眼鏡にかなうと、“ハイポテンシャルパーソン”の候補として極秘裡にリストに上げられます。本人にも上司にも、その事実を知らせない。日本人の候補者は、30代後半が多いですね。

日産には、ナック(ノミネーション・アドバイザリー・カウンシル=NAC)という人事委員会があります。ゴーンや私などの経営会議メンバーが主にナックの委員で、先ほどの候補者のリストはナックの中で開示される。私たちは候補者1人ひとりに対して、1年間かけて密かに面談していきます。

例えば私がロシアに出張する場合、何とか時間をつくって、現地で勤務する候補者と面談するのです。本人には「志賀さんが、何か話を聞きたいそうだ」としか伝えられません。

面談の内容は、入社してからの問題意識、現在の仕事での改善の意欲などでしょうか。最近ならば、EV(電気自動車)やリチウムイオン電池の戦略についてどう考えているのか、尋ねますね。

面談は私だけではなく、ナックメンバーである他の役員も行います。ある日を境に、役員が頻繁に会いにくるようになるのです。「ちょっと、時間が空いたので、話をしたい」などという理由でです。

何人もの面談を経て、候補者からハイポテンシャルパーソンが選ばれます。

選ばれると、特別な育成プログラムにより、海外現地法人の社長や役員などに突然抜擢します。ここでも、本人には、何も伝えず、複数の国で現地法人の経営を経験させていきます。キャリアコーチや私たち役員が重視する選定基準は、コンピテンシー(行動特性)です。当社の行動基準などに則って仕事をしているかどうかを見ます。見かけのプレゼンのうまさや、語学の堪能さは二の次です。

このようにして早期にグローバル人材を育てています。世界市場の変化はあまりに早く、人材育成にスピードが求められています。かつての終身雇用と年功序列の日本企業のように、人が育つのを待っていたら、世界の中では間違いなく負けてしまうでしょう。

■変わるためにはKYも必要である

グローバルに活躍する人材は、3つの要素を持つことが大切だと思います。

1つはスピード感、2つ目は異なる意見や違う考え方を受け入れる多様性、3つ目はチャレンジ精神。

特に、ダイバーシティ(多様性)は、企業として推進すべきです。ダイバーシティを導入すると、波風が立ち、最初は心地良いものではありません。しかし最初のヤマを乗り越えれば、間違いなく企業文化は変わります。内向きな文化は消え、組織は活性化します。

1990年代までの日産は、代表的な同質性の会社でした。居酒屋で当時の状況に危機感を持った私たちは、経営者の悪口を盛んに言い合いました。しかしその批判内容も言い方のトーンも「あ・うんの呼吸」で、毎回酒飲み話で終わってしまう。行動に結びつかないのです。

当時の経営陣はトヨタに追随する戦略が基本にあり、経営に自律した意思がありませんでした。しかし、現在の日産は、独自の価値観に基づいて活動しています。EVではNECと組んで世界の先頭を走り、主力のマーチをタイで生産、中国市場でも日本メーカーではトップ、さらに軽自動車でも三菱自工と提携しました。

もし、旧来の日本人の価値観だけで考えていたら、日本でマーチをつくりたいという話になっていたことでしょう。フロンティアで新しいことをやっていこうとしたときには波風が必要です。NECとのEV用の電池開発の現場では侃々諤々やり合っています。「空気を読めない」ことを気にしていては、新しい発想は出てきません。変わるためにはKYが必要なのです。同質性の居心地の良さからは、新しい価値は生まれないからです。

ただし、自分の意見だけを主張していたら国内でも海外でも通用しません。相手を理解し、受け入れなければ、やっていけないのです。上手に波風を立ててイノベーションを起こす。そうした姿が、日本人であろうが何だろうが、グローバルでも共感を呼び、人を動かすのです。

日産はダイバーシティをジェンダー(性別)から始めたわけですが、外国人や年齢、社歴など多様な人材が混ざった企業社会を形成しています。多様な職場が変化に対応する柔軟な価値観を生み、グローバルに活躍できる人材が育ちます。

グローバルと聞いただけで日本人は萎縮しがちですが、何も急に「グローバル人材」に変身する必要はありません。多様性の時代において、まずは自分が持っている個性を大切にすることです。そのうえで自分に足りないもの、例えばスピード感や相手を理解する力を補っていけば海外でもやっていけるはずです。

※すべて雑誌掲載当時

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日産自動車COO 志賀俊之
1953年、和歌山県生まれ。和歌山県立那賀高校、大阪府立大学経済学部卒。76年、日産自動車入社。企画室長、アライアンス推進室長を経て2000年常務、05年最高執行責任者(COO)就任。

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(永井 隆=構成 的野弘路=撮影)