映画『JSA』の舞台となった「帰らざる橋」 (Photo:©Alt Invest Com)

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 ソウル市内から統一路を車で1時間ほど北上すると、北緯38度線の板門店(パンムジヨム)に至る。板門店というのは、1953年の朝鮮戦争休戦を受けてつくられた南北休戦会談場の名前だが、いまでは韓国映画『JSA』の舞台として知られている。

 2000年に公開された『JSA』は、『オールドボーイ』でカンヌグランプリを獲得することになるパク・チャヌクの長編デビュー作で、主演は人気俳優イ・ビョンホンと、『殺人の追憶』などで韓国を代表する映画俳優となったソン・ガンホ。韓国軍の若い国境警備兵と北朝鮮軍将校とのあいだに芽生えた友情と、その残酷な結末を描いて、韓国映画の興行記録を塗り替える空前の大ヒットとなった。

 JSA(Joint Security Area)は板門店会談場周辺の共同警備区域だが、76年のポプラ事件以後は警備区域が南北に分割されている。警備区域内のポプラ並木を剪定しようとしたアメリカ軍将校2名に斧を手にした北朝鮮兵士が襲いかかり、殺害した事件で、第二次朝鮮戦争勃発の一触即発の危機を迎えた。

 そのポプラ並木の傍に小川が流れ、「帰らざる橋」と呼ばれるコンクリートの小さな橋がかけられている。朝鮮戦争時の捕虜がここで北か南かを選び、ひとたび国境を跨げば二度と戻ることは許されなかった。

 北朝鮮は、大日本帝国の植民地のうち、ソ連が占領した北緯38度線以北の地域を領土とし、抗日パルチザンの活動家、金日成(キム・イルソン)がスターリンによって擁立され社会主義独裁体制を築いた。94年に金日成が病死すると、息子の金正日(キム・ジョンイル)が最高指導者の座を引き継ぎ、98年に最初のミサイル発射実験となるテポドン1号を打ち上げるなど好戦的な姿勢を示したが、旧共産圏の解体と経済の逼迫によりやがて開放路線に転じることになる。

 金正日は2000年に「太陽政策」を唱える金大中(キム・デジュン)韓国大統領と南北首脳会談を行ない、イタリア、カナダ、イギリスなどの西側諸国とあいついで国交を樹立し、2002年には小泉首相との日朝首脳会談で日本人13人の拉致を認め謝罪した。

『JSA』は、こうした南北の雪解けムードを背景に、北朝鮮兵士を「敵」ではなく1人の人間として描いたことで韓国社会に衝撃を与えた。映画では、不遇をかこつ北朝鮮軍の将校(ソン・ガンホ)が、上官と部下を誤って射殺した韓国軍の警備兵(イ・ビョンホン)をかばうために、自分の肩を撃たせて罪をかぶろうとする。これはもちろんお伽噺だが、それをリアルに感じさせるだけの楽観的な雰囲気(同じ民族なのだからいずれはわかり合える)がその当時はたしかにあったのだ。

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