富士フイルムHD会長兼CEO 古森重隆氏

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■生き延びるためには何をやるべきか

私が代表取締役社長に就任した2000年は、営業利益のうち約6割を写真用フィルム関連が占めていました。ところが、この年をピークに写真用フィルムの売り上げは、毎年25〜30%のペースで下降し始めます。

その理由は、急激なデジタル化の波の到来です。実は、レントゲンや印刷関連のグラフィック分野の動きから、一般写真の分野でもいずれデジタルが主流になると、1980年代から予測し、次の3つの戦略を立てていました。

1つ目は、自分たちもデジタルの分野に参入する。その一環として、当社は88年に世界初のデジタルカメラ(FUJIX DS-1P)を開発しています。

2つ目は、デジタルに対して優位性を保てるよう、これまでのアナログ技術をさらに磨く。

そして3つ目が、新規事業への進出。具体的にはインクジェットや光ディスク、医薬分野などです。ただし、これらは製品になるまで時間とコストがかかるうえ、写真フィルム関連の売り上げがまだまだ伸びていたため、芽が出る前にやめてしまいました。

このように、写真感光材メーカーとしてできる手は打っていたのです。だが世の中のデジタル化の波及速度は、私たちの予想をはるかに超えていた。カラーフィルムの最高販売数を記録した00年から、わずか5年でそれまで高収益を誇った主力事業が赤字に転落するとは思ってもいませんでした。けれども、それを嘆いていても仕方がありません。弊社の約7万3000人(04年当時)の社員とその家族の人生が、私の双肩にかかっているのです。

なんとしても生き延びなければならない。そのために何をやるべきか。それを熟慮し、速やかに実行に移すのが、リーダーたる自分の使命だと覚悟したのです。そして断固たる決意を持って、大幅な社内の構造改革に着手することにしました。

まず、経営を圧迫していた世界中にある写真用フィルム関連事業の生産設備や巨大な販売組織を、需要に見合うサイズまで縮小することにしました。その一方で、デジタルイメージングの6事業を成長事業分野と定めて、資源を集中したのです。縮小均衡だけでは企業の未来は先細りする、そこで新たな成長戦略をとる必要がありました。

さらに、持ち株会社制に移行し、その下に富士フイルム、富士ゼロックスやフジノンを持つことで、連結経営を強化しました。シナジー効果を高めて、事業の効率化を図るためです。

攻めの投資は、まだ続きます。06年に先進研究所を設立し、ここにエレクトロニクス、ケミストリー、オプティクスなどさまざまな分野の研究者を集結させました。技術が進歩した現在、ブレークスルーを起こすには、専門家が自分の領域を深掘りするだけでは不十分で、分野の枠を超えた研究の融合こそが必須という判断をしたからです。

そしてこの先進研究所には梟の像を飾りました。ミネルバの梟です。「ミネルバの梟はたそがれに飛び立つ」という、ヘーゲルの『法の哲学』にある有名な一節をご存じの方も多いでしょう。ローマ神話に登場する知性と戦いの女神ミネルバは、ひとつの時代が終わると夕暮れに梟を放ったといいます。梟は空から地上を見て、何が終わり、何が始まりつつあるのかを確認して戻ってくる。女神ミネルバは梟の情報を聞いて知恵を絞り、次の時代に備えたと言われています。写真用フィルム全盛の時代は終わりました。世の中で起こっていることを梟の目で見て、何をしなければならないかを貪欲に考えなさいという社員に対するメッセージを、あの梟に込めたのです。

■体のタフさと強靭な精神力が必要

社内の構造改革と事業構造転換等を経て、業績は回復し、08年3月期には2兆8468億円の売り上げと2073億円の営業利益という史上最高の数字を記録しました。あとはこの軌道に乗っていけばいいだろうと考えていたところ、次なる試練に見舞われます。リーマン・ショックです。

売り上げは激減し、月次販売計画の達成率がわずか17%という事業部もありました。すべての事業部がそこまでひどくはなかったのですが、平均すれば全盛期の70〜80%にしかすぎません。しかしながら、全社として少なくとも毎年2000億円程度の利益を出さなければ、将来に対する十分な投資はできません。

そこで、意を決して09年から再び構造改革に取り組みました。今回は、前回を上回る厳しさで臨み、徹底的に無駄をそぎ落とし、売り上げが2兆3000億円レベルでも10%の利益が出るよう体質改善を行いました。

構造改革は痛みを伴い、血も流れます。しかし、誰も傷つけないなどといってみんなにいい顔をしていたら、行き着く先は共倒れ、そして全体の死のみです。会社や社会が生き残るためには何をすべきかを徹底的に考えて、ブレずに最後までやり抜く。これがリーダーに課せられた使命です。

2度の構造改革で私が行ったことは、不要な部分や効率の悪いところを縮小し、将来性のある分野に集中して投資すること、子会社の連結経営でシナジー効果を高めることの2つです。たぶん誰がトップについても、同じようなことを考えたでしょう。私はこれらをやり遂げただけです。もしリーダーとして私に優れたところがあったとしたら、それは誰よりも思い切って実行したところでしょうか。

私たちは民主主義の世の中を生きています。では、民主主義とは何か。その一面は、各自いろいろと意見を主張するが、決めるのは多数決の原則に基づく、というものです。誰もが自分の利益ばかり主張していたら、いつまで経っても何も決まらない。だから、過半数が支持するものを、全体の意見とみなすのです。リーダーがこちらにいくと判断し、マジョリティが支持できるようなことを、自信を持って実行する、そうでなければならないのです。

もちろん、判断が正しいかどうかは、やってみなければわかりません。でも、100回判断すれば、100回とも正しい方向を選ぶのがリーダーの役目だと思います。一度方向性を定めたら、結果が出るように必死で頑張る。そうすれば、結果としてそれが正しい判断を下したということになるのです。

リーダーは勝ち続けなければなりません。競争相手はもちろん、ビジネスの困難さ、技術の高い壁、自分の弱さにも打ち勝つのです。そうやって勝ち続ける姿を見て、人は必ず信頼しついてきてくれるはずです。それには、体のタフさが不可欠です。体が健康で、アクティブな状態でないと、積極的な気持ちにはなれない。私は大学時代にアメリカンフットボールをやって、チームプレーを学ぶとともに、自らを鍛えました。いま思えば、私の実行力は、大学時代に培ったこの経験に負うところが大きいと思います。

リーダーには強靭な精神力も不可欠です。大学時代に没頭して読んだ哲学、ニーチェの思想に大変影響を受けました。彼が書いた『ツァラトゥストラかく語りき』の中には、「人間は自由で、誇り高く、賢く、強く、正しく、美しく生きるべきである(超人)」とあります。また彼は、「蛇のように賢く、鷲のように誇り高く、獅子のように強く自由で」ともいっています。

私もそれ以前からそう思っていましたし、そういう生き方をしようと改めて確認したのです。これらは、現代のリーダーに必要な資質そのものです。

「美徳」も忘れてはいけません。矜持、誇り、倫理、愛、温かさ……。

いろんな個性が主張しあうのが世の中です。軋轢を恐れては駄目です。リーダーは、正しい目的の達成のために最後まで戦い続けなければならない宿命を背負っているのです。

※すべて雑誌掲載当時

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富士フイルムHD会長兼CEO 古森重隆
1939年、長崎県出身。県立長崎西高校卒。63年東京大学経済学部卒業後、同年富士写真フイルム(現・富士フイルムホールディングス)入社。富士フイルムヨーロッパ社長、常務取締役を経て、2000年社長、05年にCEOを兼務し、12年6月から現職。07年6月から08年12月までNHKの経営委員長も務めた。

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(山口雅之=構成 的野弘路=撮影)