『なめらかな社会とその敵』(鈴木健/勁草書房)
スタンフォード大学名誉教授・経済学者 青木昌彦の推薦文。「インターネットがもたらす社会の生態学的進化をともに生き/造る若い世代の知的ネットワークの主要ノードである鈴木健。その彼が、社会科学の伝統的なストーリーを書き換え、実践的な意味を問う、刺激的で、おおいなる可能性をはらんだ試み。」

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「ぷよぷよ」という有名な落ちゲーがある。
同じ色の「ぷよ」を4つ以上繋げると消える。
消えることによって局面が変化し、他の繋がりが生まれる。それが4つ以上の繋がりだとまた消える。
連鎖が起こる。

鈴木健(@kensuzuki)が『なめらかな社会とその敵』で提示している新しい民主主義は、ぼくに「ぷよぷよ」の連鎖をイメージさせる。
連鎖が自然に起こるようなシステムで社会を作るとどうなるのか。
ぷよぷよと違うところは、繋がると消えるのではなく、繋がることが未来の価値を生み出すことだ。
繋がることで局面が変わり、さらなる繋がりを生む。

『なめらかな社会とその敵』に登場する「伝播投資貨幣」は、新しい貨幣システム。
何かと貨幣を交換して相手との関係性がその都度終わる(つまり「決済」が完結する)という貨幣システムを更新しようというものだ。
「医者が不要な薬も売りつけて儲ける」ということが、現在の貨幣システムでは可能だ。可能だ、というよりも、儲けるためだけなら、そうする者もでてくるだろう。
「伝播投資貨幣」であれば、そうはならない。価値が伝播するシステムだからだ。
患者が元気になって活躍すれば、その後の活躍に応じて、医者に購買力が与えられることになる。
個人が株券を発行し、投資しあっているイメージ。
たとえば、少年がラーメン屋に通っていたとする。その少年が将来プロスポーツ選手になって大活躍すれば、そのことによってラーメン屋に購買力が与えられる。
時間的にも、関係的にも、都度完結するのではなく価値が連鎖していくシステムだ。

おっと、慌てて言い訳しておく。
『なめらかな社会とその敵』では、数式も使って厳密なシステムとして提示されている。数式部分は、ぼくにはよく理解できてない。
のだけど「ぜひ紹介したい!」と思って、ぼくの理解力で「えいやーっ」て乱暴に書いている。だから、ここでは乱暴な内容になっている。

第7章に登場する「伝播委任投票システム」は、民主主義をリスタートさせる新しい投票システム。
「あの人に一票」っていまの方法だと「あの人はあのへんの政策はいいんだけど、このへんの政策はなー」とかになっちゃう。党だと、なおさらだ。
それどころか、あの政党がいいけど勝ちすぎるのもなー、とか、あれこれ、へんな気持ちを抱えながら1票を投じることになる。
「伝播委任投票システム」は、自分のもつ1票を好きなように分割して投票できるようにするものだ。A案に0.4票、B案に0.6票ということもできる。
さらに、他の人に委任することもできる。このテーマについては、詳しいこの人に0.3票委任しよう、ということができる
ありとあらゆることを自分で決断し決定することは不可能だ。世界はあまりにも複雑で、たくさんの問題点があり、複雑にからみあっている。
だから、信頼できる人に委任する。委任された人も誰かに委任している。票が伝播していく。
誰もが“いつでも誰でも少しずつ代議士”になりえるような、委任ネットワークがダイナミックに形成されるシステム。
第IV部と第V部では、それらを踏まえて新しい法システムと軍事システムが提案される。
あまりの面白さに妄想が止まらなくなる。

『なめらかな社会とその敵』、発売してすぐ品切れになり、増刷につぐ増刷、まだ品薄の状態が続いているらしい。
“勁草書房の歴史では、30年前の浅田彰『構造と力』以来の売れ行き”だそうだ。

そういえば、学生のころ『構造と力』を読んで、興奮した。
書いていることはよく分からないが、ここには「いま自分がぼんやりと考えている未来を指し示す何かが記されている」という確信を持った。
鈴木健『なめらかな社会とその敵』でも、刺激的な未来が指し示されている。
それは、哲学や思想といったレイヤーだけでなく、具体的な仕組みとして示される。数学や、コンピュータシミュレーションや、ワークショップによって実効性が検証されていることも記されている。
アラン・ケイは「未来を予言する最良の方法は、未来を発明すること」と言った。
『なめらかな社会とその敵』は、未来を発明した本だ。
予言の書にするために行動したいと切実に思わせる本だ。
「おもしろい」という言葉は、目の前がぱっと明るくなる状態を語源に持つと聞いたことがある。だとすると、『なめらかな社会とその敵』は最高におもしろい本だ。
圧倒され、考え続けさせられる。
読後、ぼくの脳はずっと「ぷよぷよ民主主義」を妄想している。
佐々木俊尚(@sasakitoshinao)が、鈴木健を取材したときの記事タイトルは、「落ちゲーのように民主主義を作る」だった。
内田樹(@levinassien)は、「『なめらかな社会とその敵』を読む」というブログ記事で“そして、この本を読んで、自分とは違う声が、まるで自分自身の声のように間近から聴こえてきたことに驚愕したのである”と記した。
思想家・人類学者の中沢新一(@NAKAZAWAinfo)は「ジョン・レノンは『境界のない世界』を夢想できただけだったが、鈴木健は科学によってそれを現実的に構築する方法を模索する。複雑性の思想から生み出されたいまもっとも可能性豊かな世界像。」と本書を推薦する。
新しい未来が開ける快楽を味わえる。
ぜひ読んでほしい。(米光一成)