『昭和史見たまま』

『昭和史見たまま』(杉森久英著、1975年読売新聞社)。一言でいえば、正に書名通りの本であり、我々が教科書で学んだ昭和史が、いわば後知恵的に整理されたものであって、リアリティに欠けるものだということがよくわかる本である。

「あと十年もしたら、日本は共産主義に」という幻想

13篇からなっており、それぞれ興味深いが、例えば「革命必至の幻想」という項を読むと、著者の新任教師時の同僚が「両親が将来にそなえて、月々貯金をしろというんだけどね、あと十年もしたら、日本は共産主義になるんだから、ばからしくて、貯金なんかできるものかといってるんだ」と言って笑うという話が出てくる。そして、著者自身も今に革命が来るということを信じていたし、当時の知識階級のほとんどが革命必至の信念を持っていたとする。

また、著者の旧制高校時代の思い出として、大部分の生徒の間ではプロレタリアの勝利と資本主義の没落が自明のことと信じられていて、共産主義に疑問を抱いていた者もいたが、それを口にすると孤立し村八分にされるので沈黙せざるを得なかったということも書かれている。

「ある空気の中」で作り上げられた像

他方、「佐藤賢了の"黙れ"」という項には、一般には「陸軍省の説明員に過ぎない佐藤賢了中佐が(衆議院の国家総動員法案の委員会で)30分の長広舌をふるい、それを遮った議員を『黙れ』と一喝した」とされている事件について、当時の新聞報道などから別の側面を描いている。

説明員佐藤中佐が、法案の説明をしていると、「政府委員でもない者がなぜ答弁するのだ」とヤジが飛ぶ。委員長の許可を得てさらに中佐が説明すると「討論はいかぬ」と叫ぶ者があり、「私は説明を申し上げるのです」と中佐が言うと、なおも、やめろ、やれと不規則発言が続く。そして、委員長の指示を受けて再度中佐が説明を始めようとすると、(戦後のテレビ番組での佐藤氏の証言によれば、)政友会の宮脇長吉議員がガナリたてたので、思わず「黙れ!長吉」と言おうとしたが、場所柄を考えて「長吉」の二字は飲みこんだとある。

筆者のような霞が関の住人から見ると、議会慣れしていない軍人の説明員が老練な議員たちに意地悪されたとの印象であるが、だからといって法案が否決されたわけでも修正されたわけでもないというところが、著者が示唆する通り当時の帝国議会の問題であろう。著者は、こうして(佐藤中佐が憂国の熱意で作った国家総動員法案が客観的に見てどのような歴史的役割を果たしたかは別として)佐藤賢了という名前は、不気味な、妖怪じみた軍国主義を象徴する人物のように国民に印象付けられたと指摘し、歴史の中のある時期の、ある空気の中で作り上げられた像は、実際の像と必ずしも合致するものでもないようであるとまとめている。けだし同感である。

(筆者注:宮脇長吉議員は、元陸軍大佐で佐藤中佐の士官学校時代の教官であったと言われている。ちなみに紀行作家宮脇俊三の父でもある。)

経済官庁(I種職員)山科翠

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