どうもすっきりしないのである。

 レスリングが2020年の五輪競技から除外の可能性ありというではないか。1952年のヘルシンキ大会以来、必ずメダルを取っている日本のお家芸だからいっているわけではない。レスリングは、古代オリンピックの時代から続く競技であり、近代五輪となった1896年のアテネ大会からも、1900年のパリ大会を除いてずっと実施されてきている、中核中の中核競技である。

 すっきりしないのは、それだけではない。かねてから除外最有力候補のひとつに挙げられてきたテコンドーが、今回悠々と残ったというではないか。

 たとえば2007年に北京で開催されたテコンドー世界選手権。チケット完売との発表だったが、決勝戦でも、来賓席も含めメインスタンドはガラガラだった。どう見てもこの競技が残るのはおかしい。

 聞くところによれば、2000年から正式競技として採用されていたテコンドーが除外の危機に直面した2005年には盧武鉉大統領(当時)が親書をしたため、今年2月には訪韓したIOCのジャック・ロゲ会長に就任前の朴槿惠大統領が直訴して頼み込んだという。

 しかも、「ロンドン大会で韓国は金1、銀1だけと惨敗していますが、これも競技を残すための作戦だったようです。国際化と称してメダルを各国にばら撒くことで、普及につとめたというわけです」(黒田勝弘・産経新聞ソウル駐在特別記者)

 そこまでやるかという、まさに挙国態勢。そしてこの涙ぐましい努力の甲斐あっていまや競技人口も競技国もレスリングを上回ったというが、それはこの際、問題外。レスリングはテコンドーとは歴史の重みがまったく違うし、そもそも五輪種目が政治の力で決まるって、どういうことか。

※週刊ポスト2013年3月8日号