嫉妬にはポジティブとネガティブの2種類がある

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「ライバルが先に出世した」「たいして残業もしていないのに同僚のほうが営業成績がいい」……他人の成功に嫉妬した経験は、多かれ少なかれ誰にでもあるでしょう。

嫉妬は不思議な感情で、「嫌い」とは違う、まして「好き」だけでもない、「あいつのことは認めるけど嫌だ」という両義性がひとつの特徴です。

日本語では「嫉妬」という1つの言葉になってしまいますが、心理学ではこれを「エンヴィ(envy)」と「ジェラス(jealous)」の2つに分けて考えます。エンヴィは「あんなやつ堕落してしまえばいいのに」という憎しみに近い非生産的な対抗心ですが、ジェラスは自分に欠けているものをもっている人に出会ったときに、コンプレックスが刺激されて起こるもので、こちらは肯定的な意味合いで使われます。

「たいして残業もしていないのに成績がいい」同僚には、おそらく自分とは異なる方法論があって、要領よく仕事を進めることができるのでしょう。それなら「どんなやり方をしているんだろう? コツがあるなら盗んでやれ」と思うようにすればいいのではないでしょうか。

嫉妬というのは雲の上の人には感じないものです。自分とたいして違わないのに自分よりうまくやっていたり、評価されている相手に対して感じるもの。ということは、その手法を盗むのも難しいことではないのかもしれません。それで自分が新しいノウハウを手に入れることができるのなら、嫉妬するような相手に出会えたことは、とてもラッキーだし、人が人と出会う醍醐味といっていいのではないでしょうか。

実際、心理学者の中には「嫉妬によってしか人は成長できない」と唱える人もいるほどです。人は部屋に閉じこもって、自分について考えるだけでは自己を知ることができません。他人と関わる中でプライドを感じたり、嫉妬を感じたりするのを繰り返しながら、社会における自分のヒエラルキーを知覚していくのです。

例えば、誰かとランチを一緒にするのでも、相手が自分と似たような人であれば安心ですし、相手にジェラシーを感じることもないでしょう。しかし多様なバックグラウンドをもつ人たちと食事をすると、相手の中に羨ましく思う要素や、真似したいと思うものを発見することもあるのではないでしょうか。そのためか、10年、20年と長期にわたって行われた心理学の調査では、様々な人と食事をする習慣がある人のほうが、その後出世しやすく、年収も高い傾向にあるという結果が出ています。

以前、ある大学教授に「僕は君に嫉妬してるんだよ」とサラリと言われたことがあったのですが、それを聞いてすごく器の大きな人だと思いましたね。そんなふうに自分の嫉妬心を認められるのなら、人は年齢にかかわらず、嫉妬をバネにしてどんどん伸びていけるはず。だから他人に嫉妬を感じたら、あえて「嫉妬宣言」をしてみるのもいいかもしれません。口に出して言うのがはばかられるなら、心の中で宣言するだけでもいいでしょう。

もちろん嫉妬には怖い面もあります。嫉妬心を放っておくと、それが負の波及効果を生んで、相手の「悪いところ探し」に発展することがあるのです。最初は「たいして残業もしていないのに営業成績がよくていいな」という単純な羨望だったのが、自分が嫉妬しているという事実を認めたくなくて、「アピールばかりうまい」「学閥を利用してごますりをしている」などと、いつの間にか「相手に悪いところがあるから自分が嫌な気持ちになる」と論理をすり替えてしまいがちです。

いつも他者の存在をポジティブにとらえる習慣のある人は、感情を司る扁桃体という神経細胞の老化が遅くなることが認められています。扁桃体は抗重力筋という、文字通り重力にあらがう筋肉の発達と相関があるので、老化の遅さは見た目にも表れてきます。

逆に言うと、嫉妬のあまり他人のアラ探しばかりしてしまうのは、天然のアンチエイジング効果をみすみす放棄する、損な行為でもあるのです。

例えば、積極的にボランティア活動を行っていたオードリー・ヘプバーンは、晩年まで背筋が伸びて口角がキュッと上がった若々しい姿をしていましたが、あれはいつも「誰かのために、世の中のために私に何ができるだろう」と考えるのが習慣になっていたせいで、扁桃体と抗重力筋の老化が遅かったからではないかと私は思います。

また、ボランティアに従事している人のほうが、精神疾患の罹患率が低いという調査報告もあります。人のためになることをして感謝されると、気分がよくなり、「自己肯定感」が高まります。それが精神的な安定にもつながるのです。

私自身が関わった症例では、他人を非難することばかり考えている人は落ち込みやすく、自傷に走る傾向があるのが認められました。他人をおとしめようとする人は、心の底では自分自身が尊敬できず、回り回って結局は自分を傷つけてしまうのです。

ではどうすればこの非生産的な感情に歯止めがかかるのでしょうか。嫉妬に苦しむケースの多くは、「たいして残業もしていないのに営業成績がよくていいな」といったことから始まり、次第に相手の経歴や配偶者など、あれもこれもと比較の対象を広げ、混沌とした感情を抱えてしまっています。

この場合は、「本当は何が気に入らないのか」、つまり嫉妬の対象は何なのかを1つに絞り込んで言語化することです。突き詰めるうちに、最初はわからなかった嫉妬の本当の原因が見えてくることもあります。問題がいくつもあると解決は遠のきますが、無理にでも1つに絞れば解決の道筋は見えやすい。例えば、本当の原因は友人の家庭の円満さにあったとわかれば、それに負けないくらい、自分の家庭が円満になる方法を考えればいいのですから。

そもそも嫉妬を生みやすい相手の条件は、「自分のコンプレックスを刺激する」「自分に欠けているものをもっている」「近親憎悪につながるような共通性が自分と相手にある」の3つ。これらが揃うと嫉妬が起こりやすいのです。それを理解しておくことも、嫉妬の原因を冷静に自己分析する助けになります。

冒頭でも説明したように、嫉妬とは相手への羨望と否定が入り交じったアンビバレントな感情です。恋愛で「ただひたすら好き」よりも「憎たらしいけど愛してる」という気持ちのほうが、はるかに強く長く持続するように、嫉妬の感情も両義性があるゆえに非常に強く、なかなか心から離れてくれません。だから嫉妬をしないようにするよりは、嫉妬を成長というポジティブな力に転換していく練習をするのが、現実的な解決策になるのです。

私は病院の心療内科で患者さんのカウンセリングをしているのですが、患者さんが抱える問題の多くは、根本的には解決できないものばかりです。しかし、治療を通して患者さんがそれを忘れることができるようにしたり、どうでもいいと思えるようにすることはできる。それが治癒したということなのですね。

ですから嫉妬も、その原因を根本的に解決したり、心の中から追い出そうとするのではなく、自己の成長という生産性のあることに使えるようになれば、それが最良のゴールではないでしょうか。

(心理学者、臨床心理士 植木理恵 構成=石田純子)