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今回ご紹介するのは、隅田川左岸の墨堤通り上にある「鐘紡」バス停です。鐘紡とは、すなわちカネボウ。バス停に企業名を採用している例は、都心でも新宿区の「日清食品前」や江東区の「IHI前」、品川区の「ニチレイ前」など、いくつか見られますが、「鐘紡」については既に法人格の消滅した企業名である点や、「前」が付かずあたかも地名のような力強さを感じさせる点で異色な存在であり、かねてから気になっていました。どんな場所なのか、早速出かけてみることにしましょう。
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「鐘紡」へのバスは、浅草からの京成タウンバス[有01]系統です。2011年12月にご紹介した「地蔵坂」バス停への路線と同じです。当時、運転本数が極めて少ないので要注意と記しましたが、今回久しぶりにこの路線を訪ねてみて、以前の平日わずか5便のダイヤが、一気に倍ほどに増えているのには驚きました。どうやらこれもスカイツリー効果のようです。

さて、墨堤通りを軽快に北上したバスは、左手に壁のように続く都営アパート群をやり過ごすと、間もなく「鐘紡」バス停に到着します。この辺は隅田川と荒川がぐっと近づく狭間で、すぐ先には旧綾瀬川があり、その向こうは足立区という、墨田区北端の位置です。まずはカネボウ社について、簡単におさらいしておきましょう。旧社名は鐘淵紡績。創業の地であるこの場所に、古くから鐘ヶ淵の地名があり、これが社名の由来です。鐘ヶ淵の名は近くの東武線の駅名に残っています。昭和46年から鐘紡となり、平成13年からブランドと同様にカタカナ表記のカネボウの商号となりました。この点だけでも、バス停が漢字表記のまま存続したことが異色ですが、粉飾決算事件から平成19年に解散が決議され、翌20年に消滅してから既に5年。それでもバス停が「鐘紡」の名を掲げてここに立ち続けているのは、かつての日本の基幹産業である繊維産業を牽引した鐘紡の地力が、この土地にしっかりと根付いていることの証かもしれません。

バスを降りてまず目に飛び込んでくるのは、カネボウのロゴが空に映える白い建物です。創業以来の鐘紡工場跡地であり、旧カネボウ物流の社屋ですが、現在はカネボウ化粧品の物流を担うKCロジスティクスという会社になっています。付近に高い建物がないので、カネボウのロゴは離れた場所からもよく見え、さながらカネボウ城下町の天守閣といった存在です。隣接して花王の建物もありますが、旧カネボウの化粧品事業を引き継いでいるカネボウ化粧品は花王の子会社となっていますので、両社のロゴが並ぶ姿も肯けます。因みに、現在もカネボウの商標を使用しているのは、化粧品のみとのこと。墨堤通りに面して、墨田区による「鐘淵紡績発祥の地」という案内板も立っています。
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社屋の裏手に回ると、小さな公園があり、入口に「カネボウ公園」とあります。社地の一部を開放しているのでしょう。入ってみると、大きな石に「発祥の地」と刻まれた碑がひっそりと立っています。裏面の由来記によれば、昭和44年の工場移転の際に社地に記念庭園を設け、碑を残したようです。既に会社消滅となった現在では、まさに「つわものどもがゆめのあと」という感慨に包まれざるを得ません。いかなる大企業であれ、リスクはどこに潜んでいるかわからない時代です。
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せっかくここまできたので、鐘ヶ淵の街並みも楽しんでみることにしましょう。近くには隅田川七福神のひとつとして知られる多聞寺があり、都内では珍しい茅葺の屋根を載せた山門などを見ることができます。時々見え隠れするスカイツリーを視界に入れながら、鐘ヶ淵駅の方へぶらぶら歩いていくと、この辺りにはまだまだ昭和の香りを残した家並みや路地が其処此処に見られ、散策の興味は尽きません。そして鐘ヶ淵駅へ。「東京都選定」と謳う駅前の大鳥百貨店も、この街並みならではの面白味に溢れています。
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ひと通り歩き回って、再び「鐘紡」バス停へ。今後もこのバス停があり続ける限り、カネボウと共に歩んだこの街の歴史も次世代へしっかりと受け継がれていくことでしょう。土地の歴史の伝道師。それがバス停の役割でもあるのです。