歌舞伎、相撲、寄席…江戸時代の見物ものの金額は?




江戸時代は、現代につながるなさまざまな日本文化の基礎が固まった時代です。お金を支払って「見物」に出かけるという娯楽も、江戸時代に庶民に広まりました。その金額がいくらだったのか調べてみました。



1両=銀60匁(もんめ)=銭4,000文

1両=8万円

1文=20円

で計算しています。



■歌舞伎の上席は高いですよ!



歌舞伎、芝居見物も江戸時代に広く広がった娯楽です。「千両役者」なんて言葉ができたぐらい人気だったわけです。この見物費用は……。



●立見席 16文 320円

●土間席(下席) 100文 2,000円

●土間席(上席) 132文 2,640円

●桟敷席 25匁 33,333円



桟敷席には4〜7人が入ったといわれます。4人の桟敷席だと1人当たりは8,333円になります。桟敷席になるとやはり高いですね。公演の人気によって、また江戸時代の時期によって価格も変動しました(なにせ江戸時代は265年もあるので)。



例えば、歌舞伎の上桟敷席35匁、高土間席20匁なんて金額も。こうなると、それぞれ4万6,666円、2万6,666円です。上桟敷席なら4人で割っても、1万円を超えます。かなり高価な趣味だといえるでしょう。



■寄席は「庶民の笑い」でした!



「寄席」も江戸時代に大きく発展しました。天保年間(1830-1844年)には改革(天保の改革)によって減らされたりしましたが、幕末の安政年間には172軒もの寄席があったそうです(このほかに講談専門の寄席もあったとのこと)。



大きな寄席になると2階建てでなんと200人以上も収容できたそうです。この見物料はいくらだったのかといいますと……。



●寄席木戸銭 32文 640円



歌舞伎に比べるととても安いですね。なにせ客が少なければ横になってもいいので、寄席は楽チンです。前述の寄席が減らされた天保期に木戸銭が48文に値上がりしたそうです。それでも960円ですから、現在の映画代のだいたい半額です。





■「相撲」は青空の下でやってました!



「相撲」はもともと神事で、江戸時代初頭までは、神社仏閣を修復するための「勧進興行」が主として行われていました。それが18世紀頭にプロ化します。江戸時代唯一のスポーツ興行だったので、その人気がすさまじく、とにかく大盛況でした。



江戸の相撲の特徴は、女性が見られなかったことです。観客はすべて男です。その上青空興行、つまり外でやっていました。江戸時代には、1場所10日で1年間に2場所だけで、そこから力士のことを「一年を二十日で暮らす良い男」というわけです。



とにかく相撲興行ではけんかや口論が絶えないため、幕府より一時期禁止されました。けんかっ早い連中が、カッカきて集団で芋洗いになっているのですから、無理もありませんが。暑いときには観客席に水をまいたりしていましたし(笑)。



有名なところでは、1805年(文化2年)の江戸春場所中に、町火消しとの間に、いわゆる「め組の喧嘩」事件が勃発(笑)。負傷者なんと99人と記録されています。この大人気だった相撲の見物料は、元禄期の記録によると以下のようになります。



●土間席 3匁 4,000円



●桟敷席 43匁 5万7,333円



4人分の桟敷席の金額を1人分にすると、1万4,333円になります。桟敷席で見るのはかなり高額な楽しみだったわけです。



ほかにも、大きな板に血を付けて「大イタチ!」とか、現在のストリップにつながるような性的な見世物などもありました。これらは一発ネタだったので、非常に安価に、8文(160円)ほどで見ることができました。







(高橋モータース@dcp)