2月4日、相撲協会は人事異動を行い,親方たちの新職務分担が決定した。目玉は審判部長職。1月31日に行われた補欠選挙で理事に無投票当選した横綱日馬富士の師匠、伊勢ケ濱親方(元横綱旭富士)が抜擢され、留任した鏡山審判部長(元関脇多賀竜)と2人部長体制になった。

 その陰に隠れるようにもう1人、注目の人が復帰を果たした。数々のトラブルを引き起こし、大相撲界を追われた元横綱朝青龍の全盛時代、協会の顔の広報部長として華やかなライトを浴び、空気を読めない言動で批判もされた高砂親方(元大関朝潮)が、委員から役員待遇にワンランクアップし、生活指導部副部長に就任したのだ。
 「高砂親方は平成22年初場所後に朝青龍が引退に追い込まれたとき、監督不行き届きということで役員待遇から主任に2階級降格し、その年の春場所では会場の大阪府立体育館(現ボディメーカーコロシアム)の裏口警備係という屈辱的な扱いを受けています。その後も、切符のもぎり係や監察委員などの閑職に追いやられ、完全に忘れられた存在になっていた。そのため、再び日の当たる場所に戻ってきたのは3年ぶりのことになります。ただ、元の役員待遇に復したとはいっても、これまでを考えれば素直には喜べないんじゃないでしょうか」(担当記者)

 さらに、高砂部屋といえば、大相撲界でも屈指の名門だが、朝青龍がいなくなったこの3年間ですっかり様変わり。初場所初日には、いまや1人の関取となった十両西6枚目の朝赤龍が左足関節軟骨損傷で突如、休場。高砂部屋が創設された明治11年(1878年)の6月場所から135年間、ずっといた関取が消滅の大ピンチにさらされてしまった。
 幸いなことに、朝赤龍の回復は思ったより早く、5日目から強行出場。気力を振り絞って5勝を挙げ、なんとか十両残留を確定させた。しかし、関取ゼロの危機が去ったわけではない。

 果たして“3年のブランク”をどうやって埋めるか。春場所の隠れた見どころだ。