東京すしアカデミー代表兼校長の福江誠氏は、自分の寿司店をたたんでチェーン店に“転職”する「職人の社員化」が増えていると指摘する

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先行きが不安な時代だからこそ、「手に職をつける」ことの重要性は高まっている。だが、そんな職人社会の代表ともいえる寿司業界では、現在、「立ち寿司」と呼ばれる小規模寿司店が激減中なのだという。

「1990年頃の5万店をピークに、現在は2万店を切りました。閉店したお店の職人さんがチェーン系に転職するケースも増えています」(東京すしアカデミー代表兼校長・福江誠氏)

近年はチェーン店でも“昔の職人顔”の板前さんをよく見ると思っていたら、その多くは長年、自分の店を構えていた方たちだったのだ。この「転職」を同情的に見る向きもあるかもしれない。しかし彼らは「手に職を持つ」からこそ、経営はプロに任せ、「社員」として人生をリスタートできたともいえる。

これは寿司業界に限った話でなく、最近は錠前や靴修理、服飾など、あらゆる業種の職人さんが働く姿を、ショッピングモールやエキナカのチェーン系店舗で目にするはず。このように大企業に雇われて働く職人、つまり「社員職人」と呼べる働き方もまた、時代の変化に対応した「手に職」の生かし方なのだ。

このように、保守的なイメージの強かった「職人」のワークスタイルが、今、大きく変わろうとしている。こつこつ黙々と働くイメージが強い彼らの「顔」が見える場を、企業や自治体がプロデュースする機会が増えているのだ。

例えば、JR秋葉原駅から御徒町駅間の高架下にある、通称“アキオカ”。かつては薄暗い倉庫街だったエリアに、2年前、JRと台東区が手を組み、工房とショップが一緒になった商業施設をオープンさせた。バッグや傘、アクセサリーなど、若い職人たちの手仕事を目の前で見られるお店が軒を連ね、人気を呼んでいる。

あるいは昨年、新宿タカシマヤが開催した「職人男子展」と「職人女子会」。木工、染織、鋳物など、伝統工芸の若手職人たちを全国から集めたこの販売イベントでは、商品と、それを作った職人の顔写真が一緒に並べられた。

近頃スーパーでよく見る「生産者の顔写真付き農作物」とも似ているが(おいしい農作物を作るのも間違いなく「職人の技」だ)、「作り手の顔」を見たいという消費者ニーズに応えてビジネスを盛り上げようという「職人のアイドル化」の流れは、今後も活発になっていくだろう。

「若手職人」を前面に出した町おこしは、地方都市にも広がっている。例えば、「益子焼」の伝統を守る栃木県益子町は近年、若手陶芸家の育成や招致に注力。彼らが自作の焼き物を直接販売するイベントも企画し、休日の益子は大にぎわいだ。

こうした動きは日本各地で発生中で、国道沿いに大型店舗が並び、どこも同じ風景となってしまった地方都市が、若手職人の力を借りて「顔の見える町」へ生まれ変わろうとしている。もちろん、工芸の世界だけでなく農業でも、自治体が若い担い手を積極的に招き、育てようという動きは盛んだ。

地域に根づいた「手に職」スタイル、つまり「職人のローカル化」も、今後さらに広がっていくはず。そして、そこで必要とされているのは何よりも「若い力」だ。

どんな能力を、どこで、どのように使えば、人から、社会から、必要とされるか。そんな視点を持つ人が「手に職」を身につければ、人生の選択肢がもう一度大きく広がっていくのは間違いない。

(取材・文/佐口賢作、撮影/本田雄士)