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最初の五分は圧巻。
あれだけのために映画館にいけばよかったと思うくらいに。
ただし、その後は、まあなんというか、非常にめんどくさい映画だった。

まあ、なんといいますか。
ラース・フォン・トリアーって監督の存在自体がめんどくさいのだ。
ダンサーインザダークくらいしか見ていないのだけども、この監督を語る人たちの
熱気とか、あるいは逆に批判とか。
とにかく常に物議を醸しまくってる監督であることは間違いないわけだ。

で、そんな監督の作品ってのはどう評しても、そこに自分の立ち位置のようなものが反映される。
好きだといえば、通っぽし。
嫌いだといえば、それはそれで、映画に一言ありそうだし。
褒めれば、「わかってるっぽい」し。
でも、ほめ方によってはにわかっぽいし。(てか、実際にわかなわけですが)

で、当ブログの結論としては、「やっぱりめんどくさかった」。
これに尽きるかと。

例えば、キルスティン・ダンストの脱ぎっぷりは見事なんだけども、そのシーンの
笑ってしまうくらいのシュールな感じを見た時の感情の処理のめんどくささとか。
例えば、冒頭の怖いくらいに美しいシーンなんだけども、隠喩が効きすぎていて、
その意味を考えることのめんどくささとか。
例えば、タイトルの意味深さとか。
例えば、登場人物たちがかわす会話がいちいち意味深なこととか。

そういった細部が、「何か裏がありそう」だし、「何か深い意味がありそう」だし、
もっと言えば「監督は色々仕掛けていそう」なのだ。
でも、それを考えるがめんどくさい。
そもそも、何かあると思うことがもうめんどくさい。
それは、作品自体の性質もあるのだろうけども、それ以上に、最初に書いた、
ラース・フォン・トリアーっていう存在のあり方が、めんどくささに、さらに拍車をかけるわけ。

だから、自分で意味を考えないし、かといって考察サイトとかを読もうという気にもならない。
で、見終わった後は、ただただ疲れたなぁとなるわけ。

まあ、これは、例えば誰かと見ていたなら、その後の話の種にはなったわけで。
休日に一人でレンタルして見るという見方が、そもそも間違っていたのかもなぁとか、そんな感じで。

提供:マンガソムリエ煉獄篇