『のぼさんとカノジョ?』モリコロス/徳間書店
女の子の「かわいさ」ってなんだろう? 姿形が見えなくて、声が聞こえなくても、カワイイって思えるんだろうか。『のぼさんとカノジョ?』は全く見えない幽霊とのコミュニケーションを描いた作品。見えないカノジョがかわいく見える。人間の感情って不思議。

写真拡大

男の子ならみんな思うこと。「かわいい女の子と付き合いたい」。
しかしこの「かわいい」ってのがクセモノ。結局何をさして「かわいい」と呼ぶのでしょう?
一般的には「容姿」でしょう。やはり見た目が好みかどうかは重要です。
あとは仕草と言動。男性の中には女性の仕草でキュンとくるスイッチがあります。ちょっとした声や言葉遣いが胸に響いて好きでしかたなくなることもあります。
百人いれば百通りの「かわいい」がある。
しかし「かわいい」の本質は一体何なんだろう?

『のぼさんとカノジョ?』は、引越し先にいた幽霊とすごすハメになるコメディです。
ただし、幽霊が可愛い女の子で一緒に暮らしてラッキー、という展開では決して無い。何と言っても相手の幽霊、完全に幽霊です。
姿が見えない。声が聞こえない。外に出られない。記憶もない。
せめて姿が見えて話せたらいいんですが、それが完全にできません。
なので、最初は意思表示がうまくできない。自分がいることを表示する方法としてとられるのが、物を投げるとか揺らすとか、音を鳴らす……あっ、これポルターガイストとかラップ音とかの類だ。

ホラーじゃないんです。
最初はそりゃポルターガイストが続けば不気味にもなります。しかし家賃の安さと、主人公のぼさんの「受け入れる」性格で、様子を見ることに。
ここで怯えず、幽霊の意思表示が「無視をしないでほしい」ということだと気づき、ある方法でコミュニケーションを取ることを決意します。
それがホワイトボードでの筆談なんです。

この作品、のぼさんと住む姿の見えないカノジョに関する記述は、すべてホワイトボードに書かれた文字情報しかありません。
そもそも男とも女とも言ってないのに、本当に「カノジョ」なのか?と疑問もわきます。
作中でも、もしかしたらムキムキの男かもしれない、と考えるシーンも実際あります。

しかし、読んでいるとこれが不思議なことに、ホワイトボードの文字だけで「女性」だとしか思えなくなるからすごいんですよ。
とても寂しがりやで、かなり嫉妬深くて、可愛いものが好きで、部屋の掃除や料理はマメ。時々自分勝手で、世話焼き。ちょっと面倒臭いけど、とっても正直。
まあ、ホワイトボードの文字だけなんですけどね。
マンガの多くのページが、のぼさんがホワイトボードとしゃべっているという極めて珍妙な構図になっています。

この二人(?)のやり取りを見ていると名前もないカノジョがかわいく見えてきます。
「かわいい」の定義を考える時、やはり最初に書いたように容姿や言動や仕草は重要です。五感の情報で人間は好き嫌いを判断します。
ところが「文字」のみのカノジョがかわいい、好きになる心理は見ていて不思議になりますよ。

この作品他にも、のぼさんが好きで好きで一途に差し入れをしてくる女性の金城さん、従姉妹で元気いっぱいに愛をぶつけてくる高校生の千夏と、それこそ文字通り「かわいい」女の子たちも出てきます。
この二人がまーすごくよく練られていてですね……男から見たらかわいいの極地みたいなキャラなんですよ。
のぼさんはぽわーっとした性格なので、この子と付き合ったら絶対うまくいくだろうな、幸せになるだろうなというのも見えてる。むしろモテすぎてうらやましい。千夏ちゃん男の部屋にホットパンツ姿で上がって抱きつきはあかんて。
容姿もめちゃくちゃ二人ともかわいく描かれています。清楚系と元気系の権化です。

なのに、のぼさんが選ぶのは見えないカノジョなんです。
なぜだ!……と言うまでもなく、読んでみると「だよねー」と納得させられる。

かわいさ、ってなんだろう。
ぼくは、一緒に重ねてきた時間、ともに選んできた選択、かわし続けたコミュニケーションの量なのかなと感じました。
ただ、それが答えかどうかはわかりません。マメなところかもしれないし、嫉妬深いところかもしれない。
人によって感じるところは違うはずです。
あらゆる五感による情報のない中での「かわいさ」、読んで確認してみてください。

で、ぼくはこの作品を男性にオススメしたいです。
なぜなら、超草食系なのぼさんの中に、モテる秘訣が隠されているから。
客観的に見ればぶっちゃけハーレムものなんですが、のぼさんの包容力、受け入れる器のでかさを見ていると、そりゃ惚れるわと納得してしまう。
さあ、のぼさんを見習って見えないカノジョと付きあおう!
……いや、やっぱり見える方がいいです。


モリコロス『のぼさんとカノジョ?』

(たまごまご)