史上初の“平成生まれ”直木賞作家・朝井リョウ「小説を書き続けるのって、ボケ続けることなんです」
23歳、戦後最年少の直木賞作家となった、朝井リョウ。受賞作『何者』は、大学在学中のデビューから着実に物語を書いてきた彼が“兼業作家”となって初めて世に問う勝負の一作だった。休日の彼を緊急直撃して聞いた、『何者』のこと、就活のこと、作家という人生のこと―。
■アイツには絶対負けたくなかった
―直木賞受賞、おめでとうございます! 昔から、直木賞が目標だとおっしゃってましたよね。
朝井 本当に、賞という賞は全部取りにいきたいです、書くからには。僕、欲深いんです。地元の友達に褒められたいんですよ。最近みんな麻痺してきて、新刊が出ても全然ビックリしなくて。「あ、また出たのね」ぐらいな感じで。直木賞も今回が2度目の候補だったので、けっこう「へえ〜」みたいな。岐阜、ビックリしてよ……。
―さすがに驚いたと思いますよ、ホントに受賞されて(笑)。
朝井 どうなんだろ……あと、岐阜まで情報が届くって点だと本屋大賞ですよね。地元の本屋で、僕の本にポップがついてほしいんですよ。「ひとりでも多くの人に読んでほしいです」ってよく聞くけど、本当は「昔好きだった地元のあのコに褒められたい」だと思う。言わないだけで、本当は皆そう思ってるんじゃないですかね……僕はどんどん言っていこうかと。
―わかりやすい(笑)。『何者』は兼業作家になって1作目ですよね。いつ頃書かれたんですか?
朝井 入社してすぐ、去年の4月から7月にかけてです。研修中と配属直後ぐらいの時期にバーッと書いていたので、環境も変わったし、けっこうパニックでした。でも、「ここで書かなくなったらアイツの思うツボだ!」と。いや、アイツって別に誰でもないんですけど(笑)。「安定的にお金が入ってくると創作意欲って減るんですね」とか、いかにもアイツが言いそうなことが浮かんできて、負けたくないなと思って書いたんです。
―負けたくないアイツ……その存在っていつ頃、朝井さんの中に生まれたんですか?
朝井 えっと、デビューの頃ぐらいからかな。『桐島…』のアマゾンのレビュー、見てやってください! ばしばし叩かれたんです。そのとき、「アイツ」が生まれた気がします。
―直木賞を取って、アイツは何言ってくるんでしょうね。
朝井 僕、すごく先回りして考えるんです。エゴサーチも呼吸のごとくしますし。きっといろんなことを言われるだろうから、いっぱい本を書かないとダメだろうなとは思います。少なくとも今までのペースどおり書いて、10年後とかにでも「この人が取ってよかったのかも」と思ってもらえるように頑張らなきゃなって。だって直木賞を取ったら、漏れなく直木賞作家の人生を送ることになるんですよ?
―世間の見る目が変わりますね。アイツが勢力を拡大したりして。
朝井 そのときは、僕が僕に負けなきゃいいだけなんで(キリッ)。
―出た! ドヤ顔(笑)。
朝井 いや、今の自分の言葉じゃないんですよ(笑)。僕、前田敦子さんの『情熱大陸』を何度も観てるんですね。AKBにいた頃の前田さんて、アンチに好き勝手言われてたじゃないですか。その頃のドキュメンタリーなんですけど、アンチからいろいろ言われても、「私が負けなきゃいいだけじゃないですか」って。衝撃だったんですよ、ホントだ!って。そのひと言で全部解決しちゃう。
■就活を描こうとしたら負の感情しかなかった
―受賞作の『何者』は、就職の情報交換をキッカケに集まった5人の大学生グループの物語です。最初はキラキラした青春群像小説と思いきや、登場人物の裏の顔がツイッターのつぶやきとして作中にまき散らされていて。ラスト30ページは、ホントにもう「本に殺される!」と思いました。
朝井 わあ、うれしいです。読者の方が「朝井はこういう話が書きたかったのね」とか思っているあたりで僕は先回りしといて、フワ〜っと最終コーナーを回ってきたとこをグサッと刺すみたいな。そういうことがやりたかったんです。
―人が悪い!(笑)
朝井 この本を出して、友達が減りました(笑)。「就活のとき、俺のコトあんなふうに見てたんだな」とか。別に見てないのに……。
―それだけ衝撃的な中身なんですよ(笑)。これまで書いてきた本とはイメージがガラッと変わってますよね。それは何か理由が?
朝井 編集者に「次はこういう話をどうですか?」って振られるネタが、それまではプラスの感情につながるものだったんですよ。例えば「卒業式の話を書いてください」と言われて書いた『少女は卒業しない』(集英社)とか。でも今回、「就活の話ってどうですか?」と言われたとき、僕の中から出てきたものがマイナスな感情のものばっかりだった(笑)。
―朝井さん自身が就活自体に負の感情を抱いてたということ?
朝井 いや、就活っていうもの自体にというより、就活をはたから「ふ〜ん」と眺めてる人がイヤだったんですよ。僕らの代って、就活中に震災があったんですね。で、『何者』に出てくる、隆良が言うようなせりふが蔓延したんです。「不安定なこの時代に企業に身を委ねるってどうなのかな?」とか「そもそも就職活動って意味あんの?」とか。そういう答えのない質問って、正解がないから投げた人が勝つわけですよ。それをすごくズルく感じたんです。
―がむしゃらにやっている人をちょっとバカにしながらツッコミ入れて、頭のいいフリをして……。
朝井 ツイッターが普及してから、特にそういう人が増えたと思う。小説を書き続けるのって、ボケ続けることなんですね。何百枚ものポエムを公開しながら生きてるわけだから、もうツッコまれてナンボですよ。いいにせよ悪いにせよ、点数つけられないと意味がない。そういう世界に身を投じた自分なりに、「眺めてるだけなのはやめよう」と言いたかった。
■普通が一番、素直が一番。朝井流「就活のススメ」
―朝井さんの実際の就活はどうでした? エッセイ集『学生時代にやらなくてもいい20のこと』(文藝春秋)を読むと、悩んでいた時期もあったようですが……。
朝井 それが僕、すぐ環境に順応するんですよ。就活ってイヤだなとかヘンなシステムだなとか思ってても、いざ始まるとメチャメチャちゃんとできたんですね。あの……就活の話をうまくいった人間がするのって、文字にするとどうしたってドヤ顔に映るからどうかと思うんですけど……、面接も1回しか落ちたことないです。
―それはスゴい、純粋に。
朝井 なんでだろうと理由を考えたときに、僕、20歳で本を出してからこうして大人の方とお会いする機会が増えて。早い段階で、大人もサボるし大人も普通の人間だって、気づくことができたんですよね。だって編集者さんってすごいサボるじゃないですか(笑)。
― 数多(あまた)ある仕事の中でも、特にサボる職種ですね(笑)。
朝井 それで怖そうな面接官が出てきても、この人もトイレに長い間こもってサボったりするんだろうなとか、自然に思えるようになってたんです。だから面接も緊張しなくて。それが大きかった気がする。あと、就活のときに間接的に触れる大人って、スゴい人が多いじゃないですか。就活サイトに出てくる先輩社員とか、ビジネス誌に載っている人とか、「100点!」な人ばっかりが出てくる。だけどそれって氷山の一角の、氷の粒の粒なわけで。自分もああならなきゃいけないんだとか思う必要は一切ないし、そこでヘンなプレッシャーを感じる必要はまったくないなって。嫌みに聞こえるかな……でも、ホントそうなんです、就活生の皆さん!
―でも、さっき面接で1回落ちたとおっしゃってましたよね。何か理由って思い当たります?
朝井 面接で唯一、そのときだけ嘘をついたんですよ。それが伝わったんだと思います。趣味の話題になったときに、僕、大学に入ってからラジオが好きになったんですけど、膨らませちゃえと思って、「中高生の頃から聴いてました」って嘘をついてしまって。そしたら、「アレ? 岐阜ってあの番組の電波入るんだっけ!?」とか、急に不安になってきて……。
―言うんじゃなかったと(笑)。
朝井 「今、嘘ついてる、バレてるかも」ってソワソワし出して、背中が丸まってきちゃってた気がする。で、落ちたなと(苦笑)。見た目から出る「私は本当のこと言ってますオーラ」って大切ですよ。背筋が伸びてるだけでいいと思う。それだけでもう堂々としたこと言ってるふうになるから。わかんないことはわかんないと正直に言って、「わかんないのが、私!」みたいな感じでいくしかないと思います。普通が一番、素直が一番。
―先輩が就活生に身をもって言える、切実なアドバイスですね。
朝井 あと、「前田敦子の『情熱大陸』を観ろ!」と(笑)。自分の気持ちは結局自分次第で、自分が自分に負けなきゃいい。就活を始めたばかりのタイミングでそんなこと言われてもよくわかんないかもしれないですけど、面接で落ち続けたときにフッと思い出すひと言になる気がします。僕の言葉じゃないのが残念ですけど!
■「書かない」はない。「書き続ける」しかない
―もうすぐ兼業作家になって1年たちますけど、どんな生活サイクルになってるんですか?
朝井 平日は毎朝5時に起きて、会社行く前に書いてます。土日はほぼ出勤がないので、そこでも書きますね。精神的に健康な人が多い会社に入れたのがよかったなって。会社の人が、僕が本出してることをいじってくれるんですよ、学生時代の友達みたいな感じで。だから僕も精神的に健康でいられる。当然、会社で経験したことは自分の糧になりますし。
―専業作家の道を選ばず、ちゃんと就活してよかったですね。
朝井 そう思います。就活って、自分がこの顔、この体、この能力で、これからずっと生きていくっていうことを、初めて実感した瞬間だったんですよ。誰しも心のどっかで、自分はいつか生まれ変われるかもしれない……みたいなのってあるじゃないですか? でも、自分はこの人間なんだ、この形のまま生きていかなきゃいけないんだって。大したことない自分をちゃんと実感できたことは、人生にとってすごく大きかったと思う。
―それ、真っ暗闇な『何者』の、ホントに最後の最後のシーンに差し込む光と重なってきますね。
朝井 この小説に書いたことは自分への戒めでもあるんです。今後、浮ついて「ヘヘヘ〜」みたいになることがあったら自分で読み返して、登場人物に叱ってもらおうと思ってます。もうね、逃げられないんですよ。この本を書いた以上、「書かない」ってことはできないんです。書いて、外に出して、点数をつけてもらうしかない。直木賞を取っても取らなくても、一生、小説を書き続けるしかないんです。
(取材・文/吉田大助 撮影/中川有紀子)
●朝井リョウ
1989年生まれ、岐阜県出身。早稲田大学在学中の2009年、『桐島、部活やめるってよ』(12年に映画化)で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。『チア男子!!』『星やどりの声』『少女は卒業しない』などコンスタントに作品を発表し、卒業後は一般企業に就職、兼業作家に
■『何者』 (新潮社)
就活で共同戦線を張る大学生5人。SNSや就活をめぐる駆け引きを通して、表と裏の顔を併せ持つ彼らの本音と自意識、悪意があぶり出されていく。現役就活生が読むとトラウマ必至?