青山学院大学 准教授 山下 勝氏

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山下勝氏は組織経営論の分野で研究を行う。著書『キャリアで語る経営組織』(共著)の中では、上司、部下の関係も含めて、企業組織における適切なキャリア開発を提言。気鋭の研究者は、上司と部下のコミュニケーションにどう切り込むのか。

■口うるさい上司から自由になる

組織論の見地から言えば、部下に口うるさくガミガミ言うことは、上司の役割です。しかし限度を超えて上司が口うるさいとなると問題です。

ただ上司側にも同情すべき事情があります。現在、日本の職場では上司がマネジメントを全うしにくい。純粋な管理職でなく自らも動くプレーイングマネジャーであることが多いからです。

また従来の経営管理論では上司1人に対して部下は7〜8人が適正とされていましたが、メールなどの情報ツールの発達で現在の管理職は10〜20人の部下を抱えることも可能という意見もあります。しかしこの議論は大いに疑問です。

確かに業務上の報告・連絡ならメールでも可能です。しかし本来、上司が部下に仕事を与えるときは、部下と話し、様子を観察して仕事を割り振る必要がある。メールではこの部分がフォローできません。ホウレンソウの相談の部分がすっぽり抜けてしまうのです。

得られる情報量から言えばメールは貧弱で、最も豊かなのは直接顔を突き合わせた関係です。情報量の豊かさはメディアリッチネスと呼ばれています。メディアリッチネスが乏しいメール頼みでは十分なマネジメントはできない。メール頼みで部下の人数も増えた結果、ベースとなる上司と部下の人間的な信頼関係が構築できていないのです。

マネジメントに専念しづらい上司は、部下にとっての無意味に口うるさい上司になりがちです。今、無意味に口うるさい上司が増えているのには、こうした事情があるのです。それでは部下は上司の無茶な「ガミガミ」にどう対処すればいいのでしょうか。

一番効果的なのは、ひとつ上の上司に頭越しに直訴する方法です。自分の課長が無茶を言うようなら部長に言いつけてしまう。ただこれは、組織論から言えばご法度に近い最終手段。なるべく避けたほうがいいでしょう。

そこで重要になってくるのが、インフォーマルな「斜交(はすか)いのコミュニケーション」。組織上の正式な上下関係ではなく斜めの関係を利用するのです。例えば自分の課長に問題がある場合、よその課の優秀な課長に相談して口添えしてもらうのです。斜交いの関係のうち最も頼りがいのある関係が、過去の部署の上司か先輩です。

ある大手小売企業で、幹部クラスまで出世した人に共通の特徴を30年ほどにわたり追跡調査すると、学歴やIQなどにはあまり共通性がないということでした。ただ1点、共通する特徴があった。

それは初配属先の上司と良好な関係を築いていたという点です。当然、異動などで初配属先の上司とは離れ離れになります。しかし、上司にとっては入社直後に可愛がった部下であり、異動後も飲み会などでインフォーマルな交流が続きます。

部下がその後、よその部署で違う上司とうまくいかなかったときも、初配属のときの上司は斜交いの関係として、よき相談相手になってくれます。斜交いの関係がいかに重要かを示していると言えるでしょう。

逆に言えば、今の上司が嫌だと、同僚に愚痴をこぼし横の関係にばかり依存しても問題は解決しない。上司との関係に悩む部下は、たまには昔の上司と飲みにいって相談してみてはどうでしょう。今の部署の上司や先輩と、インフォーマルな関係を築いておくのも将来、役に立つことかもしれません。

■自分のやりたい仕事を回してもらう

やりたい仕事が回ってこなければ、報・連・相の工夫でリーダーシップを発揮してはどうでしょう。上司=リーダーではない。上司は会社から与えられた役割にすぎないので、部下がリーダーシップをとってもいいのです。

大手電機メーカーの開発部でサーバーのCPUを巡り事業部長が部下と対立しました。事業部長は役員から自社CPUの採用を厳命されており、部下は性能で優れるA社のCPUの採用にこだわっていた。ある日、部下が上司を飲み屋に引っ張っていきました。そこにいたのはA社の社長。部下は上司に相談せずに会合をセッティングしたのです。A社製品の性能面の優位性を認識していた事業部長は、結局、A社のCPUを採用しました。

このケースでは部下がリーダーシップをとっています。やりたいことの中身と能力に自信があれば、自らが上司を引っ張っていっていいのです。ただ、このように敢えて報告をしない奇策を使うには条件がある。それは信頼。この部下は日頃、報・連・相をきちんと行い上司の信頼を勝ち得ていた。だから報・連・相を無視する思い切った行動が取れたのです。

東京大学の高橋伸夫先生が、優秀な部下は上司から言われた仕事をやりすごしている、という議論をされています。優秀な部下は上司におうかがいをたてず、自分の優先順位で仕事をこなしている、というのです。報・連・相を無視しているようにも見えますが、それでも評価が高く、やりたい仕事を任せてもらえるのは、部下が上司目線で何が大切かを考えているから。報・連・相はひたすら行うのではなく、上司が考えていることを予測しながら行うことが大切です。

また、やりたい仕事をするためには、やりたくない仕事を嫌がらないことが、実は近道です。最近は自分のキャリアは自分で決める、とキャリアデザインを意識しすぎて、やりたい仕事ができないと、すぐに離職する人も多い。

ただキャリアには「運」を抜きに語れない部分があります。実際、成功している人は「運がよかった」と答えることが多い。しかし彼らは運よくやりたい仕事ばかりしてきたわけではない。彼らは望まない仕事をするときも不運だと思わず前向きに取り組み、貪欲に学ぼうとするのです。「運」は、こうした学びの姿勢から転がり込んでくることが多いのです。

望んでいない仕事をするときに大切なのが、状況に身を任せる、キャリアドリフト(「漂流」の意)の発想です。漂うようにキャリアを重ねているようでも、やりたいことが明確、つまり確固たるキャリア計画があれば、望む仕事に偶然に出合ったとき、チャンスとしてそれを見逃さず取り込むことができる。それが計画的偶発性を取り込む、という発想です。

計画的偶発性を取り込むための条件は(1)事前に計画しておくこと、(2)偶然の多い場所にいること、(3)偶然を好機に変える能力を身につけることです。しっかりとしたキャリアデザインをしたあとは、この3つの条件を意識しながら、キャリアドリフトを前向きに実行することがやりたい仕事をするための近道です。

キャリアデザインをしっかり持ちながらキャリアドリフトを前向きに実行する。やりたくない仕事でも、成功のための学びとして楽しめば、上司への報・連・相も充実してくるはずです。

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青山学院大学 准教授 山下 勝
1972年生まれ。神戸大学卒業。同大学院経営学研究科博士後期課程修了。青山学院大学経営学部助教授などを経て現職。著書に『プロデューサーのキャリア連帯』(共著)など。

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(青山学院大学 准教授 山下 勝 構成=齋藤栄一郎 撮影=石橋素幸)