本の魅力は個人的な体験を再現してくれること

子どもの頃から活字中毒。デビュー時代には本に救われたという中江さんですが、後半は最近読んだオススメの本や本の魅力、そして新刊小説『ティンホイッスル』について伺います。

 最近読んだのは、いしいしんじさんの『ある一日』です。
著者、いしいしんじさんと思われる夫妻が初めての子を授かった、出産の一日を描いているんですね。これは人に熱烈にすすめられて読んだのですが、私もまた人に熱烈に紹介している信者のようになっています(笑)。出産は、日々どこかで当たり前に行われているし、新しい命が生まれることも当たり前のことなのですが、その当たり前さを、ものすごく特別なことなんだということが、この一冊を読むと波に飲み込まれるように感じるんですよ。

 読後にどんな感想をもたれましたか?

 著者のいしいさんは男性なので出産には立ち会うけれども、自身が出産する立場ではないじゃないですか。でも、この方の筆にかかれば妊婦の痛みが伝わってくるんです。奥さんの出産のときの辛さや苦しさ、そういうものを全部受け止めて新しい生命を生み出そうとするその覚悟まで感じます。また、面白いのは生まれてくる赤ん坊の視線も書かれているんです。「えっ、赤ん坊に何か思いがあるの?」と思うのですが、これを読むと不思議とあるのかなって思ってしまう。
そして、生命って一体どこから流れてくるのだろう? とか、
出産からその生命の不思議みたいなものにどんどん広がっていく......。本当に、水のように広がっていく不思議な小説でした。最後は、わけのわからないような涙があふれてきて、
これは、小説にしか表現できない小説だなぁ〜って思いました。これは映像とか音楽とはまた違うんですよ。これは、本ならではの表現なんだとこの本に教えてもらいました。
 
 読み手から書く側になって変わったことはありますか?

 小さい頃から読むことも書くことも好きだったのですが、脚本や小説を書くようになってから、自分が読者として書く側の人へのリスペクトが強くなりました。私にとっては書くことも読むことも繋がっていて、どちらか側だけやることはできないんだなぁと、書く側になってから余計に思うようになりました。本を読むってことはエネルギーなんです。執筆で行き詰まっているときに読書をすると、すっと風のとおりが良くなって自分の詰まっていたものが取れていったりしますね。

 そんな書き手としての顔ももつ中江さんは、本を書くときに心がけていることがあるそうです。

 私は本を書く時、ゴールを決めておきます。小説ならストーリーをある程度決めておくんですけど、いかにしてゴール地点まで遠回りして行くかを考えますね。自分が見たこともない景色とか寄ったことのない場所を歩けるかということをいつも試しながら書いています。先が見えすぎていることには意外性がないと思っているんですよ。意外性のないところには発見がないんじゃないかって。新しい出会いを求めるならどこかで冒険しなくてちゃいけない、冒険する勇気を失ってはいけないと思うので、あえて困難な道を選ぶようにしているんです。

 中江さんが考える本の魅力とは何でしょう。

 たとえば二人の人が同じ一人の人を好きになったとき、好きって言葉は同じでも人によって沸き上がってくる感情が違うと思うんです。本の魅力はそんな気持ちを自分の中に再現させてくれることなんじゃないかと思います。本には、自分にだけ分かる情熱や、自分だけがとっておきたい想いみたいなものが詰め込まれています。いつかこの先に感じるであろう未知の感情や、いつか感じたことのある感情を思い起こすような、非常に個人的な体験が詰まっているんです。それこそが本の魅力なんじゃないでしょうか。

 最後に、1月30日に発表された新刊小説『ティンホイッスル』について教えてください。

 芸能界を題材にして、情熱を失ったマネジャー、復活に賭ける女優、
舞台に招かれる元女優という三人の女性を描いた小説です。私は長く芸能界にいる中でいろいろと感じたことを小説にしてみたいとずっと思っていました。女性は年齢という尺度で「可能性が途切れてしまったのではないか」とか「これ以外の道はもうないのかも」と悩むことがあると思うのですが、これからの選択や自分自身がもう一度再生するような可能性を広げてほしいなと思いながら書きました。私は以前ある方から「人生50からだ」って言われたんです。50歳って世間一般的には先が見えているように感じるかもしれませんが「50から努力した人は伸びるんだよ」って言われまして。人間の可能性は年齢で決められることじゃないし、状況の中で自分さえ頑張るって気持ちが続けばいつでも変われるんだっていうことをその言葉を聞いたとき思ったんです。それをこの小説でも書いてみたいと思いました。

《プロフィール》
中江有里(なかえゆり)
女優・脚本家。1973年生まれ。大阪府出身。1989年にデビュー。2002年『納豆ウドン』で第23回BKラジオドラマ脚本懸賞最高賞受賞。2006年11月に初めての小説『結婚写真』(NHK出版 現在は小学館文庫)を発表。2013年1月30日に新刊小説『ティンホイッスル』(角川書店)発売。




『シェアハウス わたしたちが他人と住む理由』
 著者:阿部 珠恵,茂原 奈央美
 出版社:辰巳出版
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