昨年8月、東京のアップルストア銀座店での猪又さんのプレゼンテーション。

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■ 「大きな企業に就職したいとは思いません」

釜石商工高2年生の猪又千穂さんは「服を作る系」の仕事に就きたいと考えている。そのためには、何を手に入れる必要があると思いますかと訊くと、彼女は「技術と人脈」と即答した。それを手に入れるためには、どうすればいいと思いますか。

「学んでいる間に、ふつうに増えていくのかな、と」

釜石にいる限りは人脈に限界がある、と感じることはありますか。

「あります、あります」

ここで浦島さんがなかなか厳しい突っ込みを見せた。「でもチッコは技術はあってもさ、人脈が一番大変だよね。この人、人の名前とか顔覚えない人だから……」。苦笑いしながら猪又さんが頷く。「部活の先輩の名前覚えるのに半年かかったんです(笑)」。

その先輩の印象が薄かったとか。

浦島「いや、メッチャ濃いんですよ」

猪又「しかも先輩、大好きなんですよ。でも覚えられなくて……」

だからといって、猪又さんが人嫌いというわけではない。連載第14回目の大船渡編《http://president.jp/articles/-/8064》にも書いたが、「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」参加者のうち6人は、昨年夏の帰国後、東京のアップルストア銀座店のイベント「東北の高校生が未来を語る」に登壇、合州国の3週間で考えた、自分たちが暮らす町の復興アイデアを発表した。猪又さんはその6人の中の1人。彼女が発表したのは「釜石かだるタウン」というアイデアだ。「かだる」とは釜石のことばで「語る」のこと。人口の約15%以上、5000人が仮設で暮らしている釜石の町の中に、人が集まって、なんでもおしゃべりできる場をつくる——という提案だ。人嫌いの高校生ならば、この着眼には至らないだろう。

さて、猪又さん、文化服装学院に入って学んだとします。卒業したあとの働き方のイメージを教えてください。

「大きな企業に就職したいとは思いません。自分の意見があまり反映されないと思うので。依頼を受けてのオートクチュールを作るようなところがいいと思ってます。ベストは——学生時代に方向性の合う友人を見つけて、学生のうちに多く製作して販売していきたいです。それでうまくいきそうであれば、そのままブランドを立ち上げたいです」

そのとき、猪又さんが働いている場所はどこですか。

「職場は都内になると思います。やはり、さまざまな場所にすぐつながれるので。ただ、自分でブランドを立ち上げた場合、岩手……できれば釜石にもお店を出したいです。できればわたし、なるべく有名になりたいんですよ。で、『この人釜石出身なのかー』って、釜石を知ってもらいたいわけです。釜石にお店出したら釜石限定品とか出したりして。それで釜石にたくさん人が来たらいいなって思います」

ここまで2人の釜石商工生に話を聞いた。こちらの頭には「4つあった高校が2つになった釜石で、高校生は何を考えているか」という関心がある。次に登場するのは、釜石の進学校、釜石高校に通う高校生だ。

■「採用されたとき、すごく嬉しくて」

奥村乃絵(おくむら・のえ)さんは、岩手県立釜石高等学校1年生。現時点での将来の志望は「大雑把なのしか決まっていないんですけど」とのこと。他の回でも書いたが、それは高校生にとって(特に1年生ならば、なお)ふつうのことだとこちらは考えている。職業観がしだいにかたちを成していく「途上」のことばを奥村さんに聞かせてもらおう。

「『TOMODACHI〜』でアメリカに行って海外に興味が出たことと、自分で考えを出して、それを伝えて、採用してもらうという体験をして、自分のアイディアを人に伝えて採用してもらうということ、すごくいいなあと思ったので、そういうふうな仕事もやってみたいし、英語を使って海外にも関わりたいと思いました。考えてるのは外資系企業とか。自分でアイディアを出しつつ、英語を使って、自分でいろいろ開いていく仕事がやりたいなと思いました」

このとき奥村さんは「プレゼンテーション」ということばを使っていない。自分で考えを出して、伝えて、採用してもらう。奥村さんのことばは、プレゼンテーションを正しく定義している。

奥村さんが話してくれたものは、「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」3週間のほぼ毎日、午前中を使っておこなわれた「Y-Plan」と呼ばれる課題発見・解決プログラムだ。高校生たちはバークレーの街をフィールドワークし、自分たちの町——すなわち被災地に活かせるヒントを、いくつかのチームにわかれて考えた。

「自分たちで街を歩いて回って見たこととかを元に、みんなで話し合って改善点とかを考えて、アイディアを出し合ったんです。そのときに自分が出したアイディアを『いいね』って言われて採用されたとき、すごく嬉しくて、ああ、こういうこと、やりたいなと思ったし。あと、中学校のころから英語を使った仕事を将来はしたいというのもあって」

外資系企業に行くためには、どんな学校に行けばいいと考えていますか。

「欲しいのが、アイディアを出す力とか、構想の力とかだから……あれもやりたい、これもやりたいだから(笑)、びしっと決まっていないんですけど、いろいろ調べて考えているのが、宮城大学の事業構想学部です」

この連載の中で何度か名前が出てきた宮城県の県立大学(現在は公立大学法人)だ。開学は1997(平成9)年。看護、事業構想、食産業の3学部を持つ。学部学生数は約1800名。定員数200名の事業構想学部のウエブサイトには「事業の企画に関する知識や技術を体系的に学び、新しい時代における各種事業を総合的にプロデュースできる人材を育成する日本初の学部です」とある。

1年生はまだそれほど大学の情報を持っていないと思って訊くのですが、宮城大学事業構想学部は、どうやって見つけましたか。

「先生がすごいプレッシャーをかけてきて(笑)。釜高は"受験受験"だから」

ここで再び浦島さんが絶妙の突っ込みを見せる。「1年生からそう言われてもねえ。オープンキャンパスとか、私たち商工は人生で1回も行ったことないのに(笑)、釜高1年の2人は行ってますもん、授業の一環として」。

なるほど。奥村さん、釜高は早目に大学を決めよというプレッシャーがあるのですか。

(明日に続く)

(文=オンライン編集部・石井伸介)