『飛雄馬、インドの星になれ!〜インド版アニメ「巨人の星」誕生秘話』(古賀義章/講談社)
日本の「スポ根」はインド人をも熱狂させることができるはずだ! 講談社のプロデューサーが綴る、「巨人の星」インド版リメイク第1話放映実現までの物語。

写真拡大

「伝説の野球アニメ「巨人の星」(原作・梶原一騎、作画・川崎のぼる)が、インド・ムンバイを舞台に、野球をクリケットに置き換えてリメイク。「スーラジ ザ・ライジングスター」のタイトルでインドでのテレビ放映が始まった───」

クリスマスの話題で世間が賑わう12月23日、NHK「ニュース7」でこんな情報が流れた。
その後、新聞やネットニュースでも騒がれたのでご存知の方も多いだろう。
「なぜ、インドで?」「なぜ、クリケット?」「そもそも、なぜ今さら『巨人の星』?」
いろんな「?」が頭をもたげたのは私だけではないはず。
『飛雄馬、インドの星になれ!〜インド版アニメ「巨人の星」誕生秘話』は、その疑問に答えてくれる一冊だ。

著者は講談社の古賀義章。講談社100周年記念事業における社内公募によって『クーリエ・ジャポン』の創刊編集長を務め、それ以前には普賢岳災害をテーマにした写真集『普賢岳OFF LIMITS』、オウム事件をテーマにした写真集『場所―オウムが棲んだ杜』を発表するなど、企画力と実行力にあふれた人物である。
そんな著者が、講談社・国際事業局担当部長としてインド事業に取り組む中で、今まさに成長期にあるインドが発するエネルギーと、国技「クリケット」に熱狂するインド国民の姿を見て、高度経済成長期の日本において同じように野球と「巨人の星」に熱狂した自分自身を重ねあわせていくことから、物語は動いていく。

《インド人がクリケットに対して持っている感覚は、かつての日本人が野球に対して持っていた感覚と変わらない。『巨人の星』をクリケット版にしたなら、60年代、70年代の日本のように、人々を熱中させられるはずだ》
著者自身、このアイデアを「ただの思いつき」と語っているのだが、その思いつきを具体化させていく道程が本書の読みどころとなる。
何しろ、身内である講談社においても「そんな夢物語にはつき合えない」と誰からも相手にしてもらえず、パートナーシップを結んだ広告代理店には途中で逃げられる苦難も待ち受ける。それでも一人ずつ、一社ずつ賛同者を見つけ、時にはNHKと日経新聞をも巻き込んでニュース報道してもらうことで「既成事実」を作り上げていく手法は見事であるとともに、豪腕というよりもムチャクチャと表現した方が正しい気もしてくる。だが、それくらい強引な手法でなければ、このプロジェクトは実現不可能だったということの証でもある。

多々待ち受ける困難の中でもやはり興味深いのは、日本とインドにおける「巨人の星」解釈の相違だろう。
「ちゃぶ台返し」「大リーグボール養成ギプス」「大リーグボール」……これら<「巨人の星」の代名詞>ともいえるエピソードを、インド社会の中で、クリケットという競技においてどのように当てはめていくのか。何しろ「ちゃぶ台返し」は“食べ物を粗末にする行為”に、「大リーグボール養成ギプス」は“拘束具”としてしかインド人には解釈してもらえなかったという。だからといって、それらがもし描かれなければ、もはや「巨人の星」のリメイクとは言えないだろう。
結論から言えば「ちゃぶ台返し」はコップだけがのっていたテーブルをはね飛ばす「テーブル返し」に、「大リーグボール養成ギプス」はバネではなく自転車の廃チューブを使うことでクリアしていくのだが、そのアイデアが実現するまでには、インドの文化・宗教への配慮など様々な苦労があったことが記されていく。
面白いのは、インドのアニメクリエイターが毎度決まって「なぜ、そんなにギプスにこだわるんだ?」「そこまでこだわらなければならないことなのか?」と訴えていくことだ。その主張はある意味で当然とも言えるが、そこを納得させ、双方に満足のいく表現を見つけていくところに、国を越えたクリエイターの矜持を感じずにはいられない。

その他、キャラクターデザインの違い、インドの花形満が乗る高級車とスポンサーの関係性、クリケットにおいて魔球は成り立つのか……etc.
といったいくつもの困難を解決していく方法は本書を読んで確かめていただくか、インドに行ってアニメそのものを見ていただきたいのだが、ポイントとなるのは、著者・古賀自身がこれまでアニメや漫画とは全く関係のない畑を歩んできたからこその、いい意味での「部外者意識」。過去の経験値がないからこそ思いついたアイデアや素人考えが、常識の壁を壊していく点だ。
著者自身、《知らないことが、かえって奇想天外なアイデアを思いつく原動力になると信じていた》と語っている。
有名な話だが、「巨人の星」を描くにあたって、作画担当の川崎のぼるは「野球」という競技について全く知らず、一度は作画を断っていたという。だが、野球を知らなかったからこそ、足を天高くあげる飛雄馬の投球フォームが生まれ、その投球フォームを見たからこそ、梶原一騎は大リーグボールを思いついた……そんな伝説がある。
新しいことを実現するために必要なことは、知識や経験以上に「それをやりたい」と本気で思える熱量なのだ、ということを改めて感じることができる。そしてその作品が、瞳に炎を燃やすほどの熱い主人公が描かれた「巨人の星」だった、というのがまた感慨深い。

昨今声高に叫ばれる「クール・ジャパン」は、日本が誇るゲーム・漫画・アニメなどの文化的ソフトをどのように宣伝・輸出するか、という議論が主眼だと思う。だが、この「インド版・巨人の星」プロジェクトのように、それぞれの国に合わせてカスタマイズし、一見原型をとどめていないように見えても、そのコンテンツの持つ「テーマ」そのものを輸出する、というのも新たなマネタイズのひとつになり得るだろう。事実、本書の中では、『あしたのジョー』をいかに輸出するか、という次の展開についても触れられている。こちらも大いに注目したいプロジェクトだ。

さて、こうして無事にON AIRがスタートしたインド版・巨人の星「スーラジ ザ・ライジングスター」。アニメは第一期26話を6月まで放映し、その後、第二期、第三期も計画されているという。
個人的にとても気になっているのは、「巨人の星」第92話「折り合わぬ契約」がキチンとリメイクされるのかどうかという点。この回は、飛雄馬がクリスマスパーティを主催するものの誰も来なかった、という、巨人の星ファンの間では伝説ともなっている有名なエピソードだ。もちろん、宗教上の問題からも「クリスマス」というわけにはいかないだろうが、あの回の飛雄馬が放つ悲哀こそ、「巨人の星」の深遠なるテーマのひとつでもあると思うのだ。

というわけで、クリスマスに届いた「巨人の星」リメイクというニュースの続報に、今後とも注目していきたい。
(オグマナオト)