多くの政財界人がそのマーケット予測を頼る「経済の千里眼」菅下清廣氏。ほぼ1年前、著書(『2014年までにお金持ちになりなさい』徳間書店刊)や雑誌インタビューで2つの大胆な“予言”を打ち出して専門家たちの物議を醸した。

 曰く、「20年続いたデフレは2013年前半までに終わる」「野田首相が衆院を解散した日から株価上昇が始まる」。どちらも当時の景況感や常識的な市場分析とは懸け離れていたが、ともに無気味なほどピタリと的中した。

 菅下氏の「千里眼」は、もちろん当てずっぽうではない。経済や市場の長期サイクル(波動)、さらには国家の盛衰をも独自のサイクル理論で読み解き、経済学的な理屈より歴史と経験則をフルに活用した分析を用いて、激動期にあればあるほど正確に未来を予測してきたのである。昨年末の総選挙後から続く「安倍バブル」には楽観論と懐疑論が交錯している。菅下氏はその行方をどう見るか。

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 1989年に最高値をつけた日経平均は、その後ずっと下がり続け、ちょうど20年目に当たる2009年3月にリーマン・ショック後の最安値である7054円を記録した。そこから約3年間、株価は底這いを続けたが、これも相場では珍しくない「底固め」の動きと言える。「天井は点、底は面」とも表現する。

 そして今年、いよいよ底固めが終わる兆候が見えてきたわけだが、この株価下落の20年と見事に重なっていて興味深いのが、今年行なわれる伊勢神宮の式年遷宮だ。天照大御神を祀る2つある内宮を20年ごとに交互に建て替えて神様を移す神事だが、この2つの社殿を「米の坐(こめのくら)」「金の坐(かねのくら)」と呼んできた。

 今年は20年ぶりに米の坐から金の坐に移るが、これを経済サイクルと重ねると非常に興味深いことがわかる。詳細は拙著『大富豪だけが知っている「金の坐」の法則』(小学館刊)に記したが、過去、米の坐の20年は直近の1993〜2013年がそうであったように、平和と成熟の時代になる。

 米の坐は文字通り収穫の神を象徴している。泰平、文化・芸術の発展、ゆとり、弱者救済、エリートを作らない平等主義などに特徴があり、人々の満足度の高い時代になる。確かにデフレ不況は社会の底辺を痛打したが、多くの日本人は食べるに困ることもなく、世界的にも冷戦後の「平和の配当」により、安定した政治と経済が続いた時代だった。

 半面、安定は停滞と同義語でもある。政治・経済が停滞し、国家も国民もそれまでの蓄えを少しずつ食いつぶしながら緩やかに縮小していくのが米の坐の20年である。

 逆に、金の坐は動乱と対立、競争を暗示している。歴史的には日清・日露戦争、太平洋戦争はすべて金の坐の時代に起きたし、古くはペリー来航や桜田門外の変もそうだ。直近の金の坐(1973〜1993年)では、オイルショック、天皇崩御、そしてバブル崩壊などが起きている。結論から言えば、これから始まる金の坐の20年は、ついに日本経済が復興して上昇気流に乗る時代である可能性は高いが、それに伴って激しい動乱と変革、競争と淘汰が起きると予測される。

 1980年代のバブルは言わば「列島バブル」だった。土地が上がると言えば大都市はもちろん、網走でも離島でも上がった。あらゆる企業が業績好調、サラリーマンは誰もが金持ちになった。

 しかし、これから始まるバブルは「格差バブル」になる。上がる土地や株もあれば、安値で放置されるものもあるだろう。ものすごい成功を収める企業が出る一方、オリンパスやシャープのように、まさかという大企業の没落もますます増えるはずだ。個人の競争も激化し、格差は拡大すると考えたほうがいい。その是非はここで論じないが、日本が再び強い国、強い経済を取り戻すために、そういう時代が必要であることも間違いない。

 安倍バブルが連れて来るのはバラ色の未来だけではない。長い低迷と泰平の時代が終わり、いよいよ動乱期に入るのだから、これは現代の「応仁の乱」と考えておいたほうがいいだろう。

※SAPIO2013年3月号