ミケルソンでもタイガーでも石川遼でも、1打の重みは変わらない(Photo by Hunter MartinGetty Images)

写真拡大

 単独首位で4日間を独走し、フェニックスオープンを制したフィル・ミケルソン(米国)を眺めながら、彼が「メジャータイトル無きグッドプレーヤー」と呼ばれていた90年代から00年代の始めごろを思い出していた。
P・ミケルソン、通算28アンダー!圧勝で今季初V
 メジャー大会開幕前の会見が開かれるたびに、ミケルソンは米メディアから質問攻めにされ、そのたびに「今回こそは勝つ」と答えた。が、結果はやっぱり勝てずじまい。そんなことを繰り返すうちに、彼は米メディアの取材を拒むようになった。だが、外国人メディアである私の取材は受けてくれた。「強いはずのあなたがメジャーとなると、なぜ勝てない?」やっぱり尋ねてしまった私の質問に彼はこう答えた。「あと1つバーディーが多く取れれば、あと1つボギーを減らすことができれば、僕は必ずメジャーに勝てる」。
 「あと1打」――これはゴルフの永遠のテーマだ。04年マスターズを皮切りにメジャー4勝を挙げたミケルソンは名実ともにビッグスターになったが、どれだけキャリアを重ねても「あと1打」というテーマが無くなることはない。
 今大会の初日もそうだった。最終ホールでバーディを奪えば米ツアー記録に並ぶ「59」をマークできた。が、ファイナルパットは惜しくも外れ、「あと1打」のところで「60」となった。「59と60とでは大違い。その差はまるでベルリンの壁みたいだ」
 2日目以降も独走態勢に入れば入るほど1打1打を大切にプレーしていた。最後に「あと1打」で泣くことがないよう、そして「あと1打」で別の記録を達成することを目指し、ミケルソンは決して手を抜かなかった。
 最終日、「ナーバスだった」という出だしの乱れは4番のバーディーで落ち着き、そして迎えた7番パー3。上って下る難しい16メートルのバーディパットがカップに吸い込まれた。すでに勝利が確実だった18番。それでもバーディパットが入らなかったことに悔しさを垣間見せた。
あらゆるショット、あらゆるパットに魂を込めてプレーしていたミケルソンの姿を見て、しみじみ思った。1打の重みに幾度も泣いたからこそ、彼はどんなときも1打をとことん重んじる。ゴルフの神様は、そういう選手に1打を与えるものなのだな、と。
 石川遼は3週連続予選落ち。「結果が出せなくて残念」と肩を落とした。石川とて1打の重みは知っているはず。1打に泣いた経験は幾度もあったはず。だからこそ彼は練習を重ね、先の2週連続予選落ちにめげることなく、今週こそは「そろそろかな」と心機一転で挑んだはずだった。けれど、この3試合、石川はすべての1打を大切にしたと胸を張ることはできないはず。少なくとも、そういう想いが見る者に伝わるプレーではなかった。
 「あと1打」にはほど遠い7打差の予選落ちを謙虚に受け止め、熟知しているはずの1打の重みをあらためて噛み締めてほしい。同じ予選落ちでも意味のある落ち方というものはある。勝負の世界は結果がすべてではあるけれど、勝負云々、結果云々を語る以前に、1打に対する最敬礼はゴルフの基本だ。通算41勝を挙げたミケルソンにとってさえも「あと1打」は永遠のテーマなのだから――。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
<ゴルフ情報ALBA.Net>

【関連記事】
P・ミケルソン、圧巻の4連続バーディ締め!通算24アンダーで首位堅守
石川遼、3戦連続予選落ち…次戦は欠場
遼、将来を見据えたスケジュール!試練のルーキーイヤー覚悟
【コラム】だからこそ、マネジメントは重要なんだ
【コラム】石川遼の本当のライバルとは?