丸紅 相談役 辻 亨氏

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■東大受験前夜のぼや騒動

「気配り」というのは、人間社会の潤滑油であり、社会人としてのマナーです。例えば、我々商社の営業などの場では気配りをすることが前提となりますが、私はこうした気配りを営業現場や酒席の場で数多く経験してきました。

しかしながら、こうしたビジネスマナーとしての気配りとは別に、人間には本質的に気配りの精神が宿っていると思うのです。人間とは本来、性善なるものに違いありません。実際、人生の中で、そういう人間の本質的な気配りに何度となく触れてきました。

これを最初に実感したのは東京大学を受験する前の夜のことでした。1957年、故郷の大分から24時間も列車に揺られ、受験の3日前に上京しました。当時は、大学受験生がホテルに泊まるようなことはなく、親類縁者などを頼って寝泊まりの場所を確保していました。

私の場合、兄の後輩であるNさんを頼りました。Nさんは東京工業大学の学生で、大学寮の部屋に泊めてもらいました。

寮に着くなり「君はこの布団を使いなさい」と寝場所を用意してくれたのですが、ちょうど卒論で多忙とあって、実験室にこもり夜中に帰ってくる生活でした。

受験前夜は、かなり冷え込んでいました。遅く帰宅するNさんへの恩返しのつもりで、Nさんの布団にこたつを載せて私は先に床に入ったのです。こたつといっても、手作りのやぐらの中に調理用の電熱器を置いただけの代物でした。

突然、夜中に息苦しくて目を覚ますと、部屋の中は真っ白で、焦げ臭い。布団をめくると、メラメラと炎が上がり、やぐらが燃えていました。

飛び起きて廊下に飛び出すと、運よく防火用の水入りバケツを発見し、水をかけたのです。布団に焦げを作りましたが、幸いにも大事にいたらずに済みました。

騒ぎに気づいた寮生から連絡を受けたNさんが飛んで帰ってきましたが、私は部屋の中でしゃがみ込み呆然としていました。

もし、自分がNさんの立場だったら、小言のひとつも言ったと思います。でも、こんな騒ぎを起こした私に対して、Nさんは「布団と畳が焦げただけだ。明日、受験だろ。気にしないでいい。あとは俺が片づけるから、もう寝なさい」と顔色ひとつ変えずに、やさしい言葉をかけてくださいました。

そして、片づけが終わると、再び深夜の実験室に戻っていったのです。そのお陰もあり、受験もうまくいきました。

それから約20年後、私は丸紅の紙・パルプ担当者として、Nさんは偶然にも製紙会社の工場長という縁で再会を果たしたのです。それからずっと今もお付き合いさせていただいています。

■「富めるものは、貧しいものに施す」

次の経験は、遠い異国の地でした。66年、入社5年目、紙・パルプ営業だった私は、イラン駐在を命じられ、5年間暮らすことになります。

革命前のパーレビ王朝時代のイランで出会った大手菓子メーカーのアリ・ホスローシャヒ社長は、現地で特に尊敬を集める経営者で、私は日本企業との取引の橋渡し役をする商社の担当者として接点がありました。

ある日、社長の工場を訪れると、体にハンディキャップのある方々がたくさん働いていることに気づきました。当時、日本でそのような光景は見ることがなく、非常に驚きました。

社長に尋ねると、「彼らはなかなか働き口がない。すると生活も貧しくなり、親の負担も大きくなる。ハンディキャップがあってもできる作業には優先的に採用している」と。

「富めるものは、貧しいものに施す」というイスラムの教えがあるものの、これはある意味で非常にスケールが大きく社会的な気配りで、酒席で相手の盃が空になると一杯つぐといった気配りとは別次元のものです。

そう考えると、「誠意」という裏付けのない形だけの気配りでは意味がない。本当の気配りとは、本質的な善良さがにじみ出て、誠意という裏付けがあって、初めて生きてくるのではないでしょうか。

こんな経験もしました。80年代後半、私が営業を担当していたある大手製紙メーカーの話です。

同社のオーナー会長には、大変かわいがってもらいました。輸出も手がけていたため、オーナーが海外へ行くたびに「辻君、ちょっと一緒に来いよ」と声がかかり、お伴していたのです。あるとき、オーナーからスイスに行くお誘いを受けましたが、どうしても外せない用事があり、2、3日遅れて現地に向かうことになりました。

遅れて行くからには、何とか点数を稼いで挽回する必要があると考え、秘書の女性に「会長の好きな食べ物で、外国に持っていけるあまり高くないものはないか」と聞いたところ「いいものがありますよ」と教えてくれたのが、木村屋のアンパンでした。さっそく買い込んで、スイスに向かいました。

指定されたレストランに到着すると、オーナー一行は、ちょうど夕食中でした。同行の秘書課長さんに「3日も遅れて申し訳ありません。オーナーがお好きだとお聞きしたので、これを買ってきました。食後にでもどうぞ」とアンパンをお渡ししておきました。

緊張しながら、食事中の部屋に入ると、十数名がテーブルを囲んでいる。遅れての合流を詫びたところ、オーナーは「いいよ、いいよ。もう大丈夫か」と言ってくださいました。

「明日から一生懸命やらせていただきます」と申し上げると、秘書課長さんが、「辻さんが木村屋のアンパンを持ってきたんですよ。デザートのときにお出しします」と助け船を出してくれました。

■最後は人間の誠意で決まる

するとオーナーは、「そうか。それならさっそくチーズフォンデュにつけて食べてみよう」と言いだされたのです。アンパンをオーナー自ら串に刺して、フォンデュ鍋のチーズを絡ませて一言、「うまい」。さらに「みんな食べてみろ。うまいよ」との言葉に、その場にいた人たちがそろってアンパンフォンデュを食べ始めたのです。

本当はそんなにうまいはずはないのです。オーナーは、恐縮している私を見て、「辻の思いに応えてやらにゃいかん」と自ら場を和ませ、「ご苦労だったな」とサインを送ってくれたのだと感じました。

オーナー以外の方々には一種の笑い話ですが、私自身は、オーナーの気配りに感謝の気持ちでいっぱいでした。

いかにも気配りと気づかせない行動こそ、真の気配りだと思います。評価や見返りを期待せず、人間の本質が生み出す善。気配り、目配り、気遣いなど、いろいろな言い方がありますが、共通するのは、人間の誠意なのです。

※すべて雑誌掲載当時

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丸紅 相談役 辻 亨
1939年、大分県生まれ。61年東京大学法学部卒業後、丸紅飯田(現丸紅)に入社。主に紙・パルプ部門を歩み、社長、会長を経て2008年から現職。國松孝次元警察庁長官とは同じ東大剣道部。同部には、トヨタ張富士夫会長も所属。大学受験の当時、東京へは鉄道で24時間。同郷であるキヤノンの御手洗冨士夫会長とも“遠かった”思い出話をします。

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(斉藤栄一郎=構成 市来朋久=撮影)