旧盛岡銀行(現岩手銀行中ノ橋支店)。1911(明治44)年竣工。設計は辰野金吾と葛西萬司(盛岡出身)。盛岡を代表する歴史的建造物だ。

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■同じ名前の友だちができた

岩手県立盛岡第二高校2年生の照井涼香さん。将来の志望は都市設計の仕事だ。好きな街は、何度か訪ねた横浜のみなとみらい。そこから約670キロメートル離れた同じ太平洋に面する町を、照井さんは昨年の4月に訪ねている。照井さんが暮らす盛岡市からは約100キロメートル、車で2時間半の岩手県宮古市だ。

「わたしは沿岸には親戚や知り合いもいなくて、あまり身近な地域ではないと感じていました。しかし、親がお出かけ好きで沿岸には被災前にちょくちょく遊びに行ってたんです。震災が起きてから、親に『また行きたい』と言ったら、『あそこは津波で流されたから、もうないよ』と言われて、わたしが実際に行ったことがある場所がないんだ、と。初めて津波というものを現実に起こったことなんだとはっきりと認識して。そこから沿岸部に関心を持つようになりました。ずっと被災県、被災県って世間からは言われていて、心の中ではずっと、直接被害を受けていないわたしたちも"被災県"という枠の中に入ってもいいのだろうかと思っていました。これは今でも思っていますが」

宮古、実際に行ってみてどう思いましたか。

「テレビで瓦礫処理が進まないということを聞いていたので、だいたいの想像はしていたのですが、実際に行ってみて、ほんとうに進んでないんだなって思いました。あと、道路を挟んで向こう側は津波来ていないのにこっち側は全滅という、津波の予測できない恐ろしさを感じました。ここで、宮古の人は普通の暮らしをしていたんだなと考えたら、なんだか怖くもなりました」

それから約3カ月後、照井さんは「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」に参加し、同じ名前の友だちができた。連載第40回・宮古編《http://president.jp/articles/-/8219?page=2》に登場した宮古高2年生の赤沼涼香さんだ。

「宮古の涼香ちゃんとは名前がまったく同じということですぐに仲良くなって、いろいろな話をして、宮古に行ったときのことも話しました。涼香ちゃんの学校が宮古駅の近くのようで、駅周辺の話とか、復興のようすについても話を聞きました」

沿岸部を訪ねた高校生の話を続ける。次に登場するのは、両親の故郷が三陸の山田町という高校生だ。

■自分のことばで話す先生

山崎成歩(やまざき・なほ)さんは岩手県立盛岡第四高等学校普通科1年生。2年生からは文系コースに進む予定だ。山崎さんは三姉妹。「わたしは2番目です。姉は高校3年生、妹が小学校4年生です」。

山崎さん、将来は何屋さんになりたいですか。

「わたしは中学校の英語教師になりたいです。小学校の時に学校の授業で英語を習おうみたいなことが始まって、興味を持って、6年生から塾で英語を習うようになりました。文法とか学ぶのが好きです。あと、異文化を知ることができるというのが面白いな。今回『TOMODACHI〜』で California に行ったのも、そういう興味があったからです」

今の「カリフォルニア」の発音がひじょうに格好良かったんですけど、英語は得意ですか。

「まあまあですね(笑)」

英語の先生になろうとすると、何を手に入れる必要がありますか。

「英語の教員免許状を取っていくには、まずは大学に入って、教育学部で一定の単位を取って卒業しないと取れないので、まず大学に行って、教育学部があれば、そこに入って」

学校の先生で、今まで目指す人に出合ったことがありますか。

「はい。ことばを大切にしている先生で、生徒が言ったことばを1つひとつ深く考えて、(その上で、先生のほうから)すぐことばが出てくる。それはすごいなと思って。情熱的な先生なんですよ。中学校の先生なんですけど、美術の先生でもあって、アートしてるからこうなるのかなって思ったんですけど。『ことばは人をつくる』って言ってて、そういうふうに自分のことばで自分を表現できるのもすごいと思うし、すごいいい先生だなと思いました」

山崎さんは、今の段階で、行ってみたい大学を具体的に考えていますか。

「教育学部があるところを探していて、どこにしようか迷ってるんですけど、できれば地元がいちばんいいかなと思います。岩手大学が近くなので、経済的にも負担をかけないかなと思いました。お母さんは地元がいいんじゃないって、岩手大学を勧めてます。あとは、宮城教育大学とか、北海道教育大学の旭川校も考えています」

山崎さんのお父さんは「魚屋です。お店を持ってお魚屋さんをやってるわけじゃなくて、お店に注文が入ったらそこまで魚を持ってっていく会社で働いてます。お母さんは主婦です」。取材から2カ月後、メールで確認すると、山崎さんの志望に変更はなかった。ただし、大学に関してはちょっと変化が生じている。

「今はまだ1年生なので、いろいろ考えてしまいます……。あのときは親の負担とか考えて、地元の大学がいいなぁと思っていたんですけど、留学制度の整った大学に行きたいと思って、東京方面とかの寮のある大学に行きたいです! どこの大学っていうのはまだ決まってません。地元の大学もまだ視野に入ってますよ。あ、親の負担を考えなくなったわけではありません(笑)。ただ、人生は一度きりなので、どこかに縛られたくないなぁと思いましたので」

中学校の先生ですと、お給料の額が急に増えたりということはないと思います。山崎さんは、いっぱい儲けたいとは思いませんか。

(明日に続く)

(文=オンライン編集部・石井伸介)