大阪の市立高校で、バスケット部の男子生徒が顧問教諭から体罰を受けて自殺したことが大きな社会問題になっています。

 昨年は滋賀県の市立中学でいじめ自殺が起きましたが、日本では学校での自殺のほとんどが公立中学を舞台としています。ひとは誰もが生きたいという強烈な欲望を持っていますから、自ら死を選ぶのはどこにも逃げ場がない絶望の深さを示しています。

 公立中学の生徒がいじめで自殺するのは、義務教育によって退学の自由がなく、また相手の生徒を退学させることもできず、いじめが未来永劫つづくように感じられるからでしょう。高校になるといじめ自殺が起きない理由は、いじめられた生徒が転校や退学するハードルが下がることと、問題のある生徒を停学・退学処分にしやすいことで説明できます。現状をすこしでも改善できる希望があるのなら、誰も死のうとは思いません。

 そう考えると、高校の部活動で自殺が起きるのは不可解です。死を考えるほど思いつめる前に、さっさと退部してしまえばいいからです。それでも今回のような事件が起きるのは、退部できないような強力なちからが部活動に働いているからにほかなりません。

 マスメディアは顧問教諭の体罰を問題にしますが、かんたんに退部できる環境であれば、体罰を振るわれた部員はみんな辞めてしまうでしょうから、自殺のような重大な問題にはつながりません。逆にいえば、生徒を精神的な監禁状態に置くからこそ、体罰による指導が可能になるのです。

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