文化財として指定・登録された看板建築

写真拡大


看板建築は、東京駅や隅田川の橋のように公共的な性格を持たない庶民建築です。しかし近年その価値が再評価され文化財として登録される例が出ています。

■看板建築も貴重な文化財?


重要文化財とか国宝とか、国が文化的な存在として認め、これを「指定」して保護する仕組みがあります。例えば法隆寺は宝物や仏像だけでなく、文化的な建物の宝庫ですが、ほとんどの建物が国宝指定や重要文化財指定となっており驚かされます。歴史の重みがそれだけ評価され、保護の対象となっているわけです。

近代建築もその建築的価値や歴史に果たした役割が評価されるようになっています。都内にも数点国宝の建築物があります。そのひとつは迎賓館赤坂離宮です。四谷の駅前にそびえる姿はすばらしいですが、明治後期の建物です。もうちょっと近い建物になると、渋沢栄一邸であった晩香廬、ライト作の自由学園明日館あたりが大正時代の建物として重要文化財となっています。

昭和初期の建物となると、国立科学博物館(1931年。本館が1937年)などがあります。1940年に竣工した勝鬨橋(かちどきばし)は、清洲橋・永代橋とともに2007年に重要文化財に指定され、大きな話題となりました。関東大震災後の復興橋梁の歴史的価値が認められたというわけです。

戦後の建物でも、国立西洋美術館本館はコルビュジエの設計が評価され1959年の建物が重要文化財となっています(2007年)

ところで、看板建築は関東大震災後から第二次世界大戦終戦直後くらいの間にのみ見られる建築様式であり、現在新築される例はほとんどありません。近代建築が評価されてくる流れに、看板建築は入ってくるでしょうか。

kanban130125b_s都選定歴史的建造物にも看板建築が数点含まれている。どちらも地元にとっては立派なランドマーク。

■都道府県の歴史的建造物の指定を受ける例が増えている


国宝や重要文化財のように、国が指定するだけが、古い建物の評価ではありません。都道府県や市区町村が地元の貴重な建物を指定し、保存しようと取り組む例も増えています。

例えば、東京都では都指定文化財と都選定歴史的建造物があって、国宝や重要文化財にならないものの、重要な建築物について街並み保存の取り組みを行っています。このリストに入っていた建物がその後、重要文化財に「格上げ」されたものもあります。(都選定歴史的建造物のリストはこちら

これらに漏れた場合であっても、市区町村が地域に密着した古い建物を保存する取り組みが行われる場合もあります。東京都内では、区指定の歴史的建造物などを23区や市がそれぞれ指定していたりします。例えば先日紹介した柏山邸は、千代田区の景観まちづくり重要物件として紹介されていました。

市区の指定となってくると、古い建物であれば比較的リストに入りやすく、せいぜい二階建ての木造建築も多く含まれていたりします。

kanban130125c_s千代田区景観まちづくり重要物件に含まれる看板建築。地元民にとってはどれも愛着のある建物となっている。

■「登録」有形文化財という仕組みも活用されている


もうひとつ、「登録」制度もあります。これは国や行政が「指定」するのではなく、オーナーが自分の建物を登録申請するものです。「指定」と比べて行政の保護は薄くなるものの、内装をリフォームして店舗活用することも比較的容易にできますし、相続時の土地評価額を下げるなどの恩典が得られます。

ポイントは、「築50年を経過する」ことと「歴史的景観に寄与している」あるいは「現在の技術では再現性が困難である」等の要件を満たすことで、実測調査や所見をまとめ、文化庁に申し込みます。最近ではアニメ「けいおん!」の舞台として使われた滋賀県の旧豊郷小学校校舎や東京タワーが登録されたことが話題となりました。

看板建築の多くは関東大震災以降から戦後のしばらくのあいだに建てられており、おおむね50年の要件を満たしています。また、防火の観点あるいは経済的観点からわざわざ新規に建てることは行われません。一方で、地元のちょっとした目印(ランドマークというほど大げさではないが)として親しまれていることも多く、登録有形文化財になりやすい条件がそろっています。検索してみると、地方の商店街等に残された看板建築が、登録有形文化財になっている例がいくつかあります。

なお、登録有形文化財は「オーナーが自分で登録申請」するのが原則であり、他人が勝手に「あそこはいい建物だから!」と申し出ることはできません。
(検索は「文化遺産オンライン」が便利です)

kanban130125d_s登録有形文化財の例。右は川越だが、旧釣具店が蕎麦屋として再生されている。

■「いわゆる看板建築」が街の文化財になるとき


「みちくさ学会」では、私の好みもあって、東京の名も知れない看板建築を多く取り上げることとしてきました。しかし、東京以外、例えば川越や青梅、茨城の石岡など、今でも商店街に看板建築がいくつも残っている地域があります。

こうした地域では、登録有形文化財の仕組みを活用しつつ看板建築の雰囲気を生かし、レトロな街並みの象徴として利用する例が増えています。つまり、看板建築が街の文化財となりつつあるわけです。

看板建築、というのはオフィシャルな用語ではないので、登録有形文化財のデータベースなどでは「いわゆる看板建築」と書かれていたりします。しかし、それも庶民建築の残り方としておもしろいことです。

庶民建築である看板建築が、国家の威信をかけて建てられた駅舎や学校のような堂々たる建築と並んで、街の文化財として誇らしげにしている、というのは、ちょっと愉快だなと思いませんか?