『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』(貴ノ花光司/ポプラ社)
相撲道、人生哲学、若貴ブーム、 家族のこと……  そのすべてを初めて明かす!

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日馬富士が横綱としての初優勝を全勝で成し遂げた大相撲初場所・千秋楽。
同日、十両では貴ノ岩が12勝3敗で初優勝を果たした。
2004年2月に創設された貴乃花部屋にとって初の十両優勝力士となる。
「親方になって初めてわかったが、相撲は自分が取るほうが数段楽だ。弟子の相撲ほど、心臓に悪いものはない」
こう語ったのは貴ノ岩の師匠・貴乃花親方。ご存知、第65代横綱貴乃花だ。初場所開催に合わせ上梓した自伝『生きざま』の中で、親方としての苦労を語っている。

本書『生きざま』は、父親である元大関貴ノ花の初優勝時、貴乃花が2歳のときまで遡り、そこからの激動の相撲人生を振り返りながら、40歳を迎えた今、どう相撲とかかわっていくかというまさに「生きざま」が詳細に綴られていく。

・“輪島のおじさん”に教わった、わんぱく相撲での横綱土俵入り
・新弟子時代に兄弟子達から受けた「かわいがり」
・千代の富士との初対戦
・叔父である二子山理事長からの賜杯を受け取った時の本当の気持ち
・若貴ブームとマスコミの呪縛
・「貴ノ花」から「貴乃花」に変わった経緯
・「不撓不屈」は師匠から、「不惜身命」は緒形拳からもらった言葉
・洗脳騒動の真実、そして身内との関係性
・非難を浴びた体重増の背景とその壮絶な方法
・小泉首相(当時)の「感動した!」が生まれた、武蔵丸との対戦の舞台裏
・引退後……親方業、相撲協会理事としての苦労

ワイドショーやスポーツ紙をはじめ各メディアを賑わせ、相撲ファンならずとも印象深いこれらのエピソードの裏側を惜しげもなく語っている。読者の誰もが知りたい、宮沢りえとの破局、若乃花との確執についても、実名こそないものの「それ」とわかる記述がなされ、現役時代通り、潔い姿勢で貫かれた一冊だ。
だが、ここではあえてそれらは取り上げない。なぜなら、本書でもっとも熱く、ページを割いて語られるのは、父であり師匠である元大関貴ノ花についてだからだ。その意味で本書は、元横綱・貴乃花の自伝でありながら元大関・貴ノ花の回顧録にもなっているという、二人の貴乃花(貴ノ花)の物語でもある。

父の取り組み時にはテレビの前に正座してその相撲を食い入るように見つめ、取り組み後はビデオに録画した映像を何度も見返した少年時代。
《父がどうして勝ったのか負けたのか、子どもながらに一生懸命分析しながら、父と一緒に相撲を取っている気持ちになっていた》という姿は、後の横綱としての結果を知れば納得だが、実際にそんな少年を目の前にすれば異様な光景と思われても仕方のない、まさに修羅への第一歩。

「世界一近くて遠い実家」と呼ばれ、その後何度もメディアで流されることになる三階の実家から二階の藤島部屋への引っ越しの際、生まれて初めて見た父の涙。
《あの厳格な父を子どものように泣かせた、そうまでして決めた道だ。負けるわけにはいかない。逃げ出すわけにはいかない》という決意は、無口でクレバーという形容詞が似合っていた貴乃花らしくない熱い一面を垣間見せてくれる。

その他にも、横綱・千代の富士との初対戦で勝利した際、「これだけ騒がれている中で、自分の相撲を取りきったところはたいしたもんだ」と褒められたことを「耳を疑った」「私を褒めたことがない師匠が初めて褒めてくれた」とまるで大事件のように綴るなど、現役時代に師匠からもらった言葉、受けた指導を詳細に振り返っていく。それは親方になった今でも変わらない。貴ノ岩が三段目で初優勝を果たしたときも、《自分が優勝したときなどは、涙はおろか、「嬉しい」という感覚さえもなかった。弟子の優勝がこれほど嬉しいものとは思っていなかった。父はどんな思いで、私の優勝を見守っていてくれたのだろうか。私に隠れてこっそり涙を流したこともあったのだろうか。確かめたくても、確かめる術はない》と、まず父の顔を思い浮かべている。

本書の冒頭において貴乃花は《私は横綱になるという父の夢を果たすため、父の分け身としての人生を歩んできた。各界入りをしてから今日まで、私の中には常に父の言葉が、父の魂があった》と語っているのだが、この「分け身」という言葉が本書の中で何度も何度も登場する。
二場所連続全勝優勝という偉業で横綱昇進を果たした時も、喜びよりも「これでいつでも辞められると思った」と吐露し、《本来、横綱になるべきだったのは師匠。私はその分け身としての使命を果たしただけだ》と綴る。
洗脳騒動時、父からも信じてもらえず、誰も味方がいない状況になっても、《私が変わらず相撲に打ち込んでいれば、師匠も見方を変えてくれるだろう。私と師匠をつなぐのは相撲しかないのだ》とひたすら四股を踏み続け、《私はあなたの分け身としてしか、自分の生に価値を見いだしたことがないのだから》と告白する。そこからは、師匠と弟子、父と子の関係性を超えた、崇高な存在であったことが伺えてくる。それが如実にわかるエピソードがある。すこし長いが引用したい。

《あるとき、前世が見えるという人に「あなたは前世でもお父様と親子で、その背中を追って生きてきた。今世でもそのままのことが行われている」と言われたことがある。前世というものが本当に存在するのかわからないが、そのときは「そうかもしれない」と思った。もし、父が造り酒屋だったら、私も造り酒屋となっていただろう。もし、父が医師だったら、私も医師になっていただろう。私は、父の子としてこの世に誕生した瞬間に、相撲という修羅の道で生きることを宿命づけられていたのだ》
平成の大横綱・貴乃花。それは一人で成し遂げた地位ではなく、親子二代に渡る共闘によって登りつめた地位だったことがよくわかってくる。

そんな父からの「部屋を頼むぞ」という遺言を受けて二子山部屋を引き継ぎ、現在は貴乃花部屋の師匠を務める一代年寄・貴乃花。周囲の誰とも口をきかなかった現役時代とは打って変わり、他の親方衆とも酒を酌み交わし、相撲協会理事として宣伝活動や裏方業にも忙しい日々を送る。スカウト活動もせず、タニマチに依存しない「サポータ制」(年会費2000円)を導入するなど、これまでにない部屋運営がよくも悪くも注目を浴び、話題先行と見られることも多い。だが今回、貴ノ岩が十両優勝を果たしたことで、着実に部屋としての実績も追いついてきた格好だ。
苦労の末、辿り着いた弟子の初優勝をどんな気持ちで見届けたのか、そしてこれからどんな相撲道を歩んでいくのか……これについても本書の中で綴られている。

《もう、これ以上の分け身はいらない。叔父、父、私とつないできた相撲界と花田家の因縁は私の代で捨てよう。そのかわり、この身は惜しむことなく骨の髄まで相撲道に捧げよう》
一代年寄・貴ノ花の不惜身命の相撲人生は、これからも続いていく。
(オグマナオト)